序章 2・マリエッタ
序章・2 マリエッタ
黒い渦の中に落ちていく感覚。
どこまでも、どこまでも……。
「ウウァー!!!!」
自分の悲鳴で、ホーリーは目を覚ましました。
全身が汗でグチョグチョです。
(いったいどんな悪夢を見ていたのだろう)
思い出そうとしますが、思い出せません。
「あれ?ここは……」
自分の部屋じゃない。
っていうか、自分の家でもない。
「外??僕は外で寝てたのか??」
夜風がサッと通りぬけていくのがわかりました。
地面を手で触れてみます。
夜露に濡れた草。
草原だ。
見渡す限り、遥か果てまで続く草原。
(そ、そっか、まだ夢の続きなのか)
ホーリーには、覚めたと思ったらまだ夢の中だったといことはよくあることでした。
(それにしても現実だな……)
立ち上がってみます。
グレーのパーカーに、黒のズボン。お気に入りのバスケシューズ。いつもの自分のスタイルです。
【パピューン!パピューン!パピューン!パピューン!】
電子音。
パーカーのポケットをまさぐりますが、ガムが入っているだけです。
(ズボンのポケット……あった。スマホだ)
鳴っているのはスマートフォンでした。
手帳型のケースを開き、すぐさまスワイプ。
指紋認証。
(夢なんだからそんなわずらわしい操作いいのに)
ひとつのアプリが反応していました。
(これって、ドナが勧めてきたアプリだ)
先週、車のカーナビの目的地設定のときについでに勧められたアプリです。
(そう言えば、なんかの時に役に立つって……そっか、だから初めてこのアプリを開くんだ)
ホーリーは点滅しているアプリをクリックしました。
【おはようございます。ご主人様。私の名前はマリエッタにございます。以後、お見知りおきを】
流暢な言葉でしゃべりかけてきます。
「おはようマリエッタ。僕の名前はホーリー。よろしく」
相手に合せて話すのはホーリーの得意技です。特に違和感もありません。
【今日の分析を始めますが、よろしいでしょうか?】
「今日の分析?ああ、いいよ。よろしく」
【分析が終了しました】
「ずいぶんと早いね。で、なんの分析なのかな?」
【分析結果を報告いたしますか】
「ああ、もちろん。せっかくしてくれたんだから教えてもらうよ」
【以後、常に分析後は報告の手順でよろしいでしょうか。このやり取りの手間を省くことができます】
「そうなんだ。じゃあ、常に分析後は報告で」
【承知いたしました。分析の内容に関しては①ホーリー様、②この地域、➂今後起こりうる危険、のどちらにいたしますか】
「そーだね。じゃあ、僕について教えてよ」
ホーリーは気軽にそう尋ねました。
【ホーリー様、人間LV5、生命力3、体力3、攻撃力2、防御力2、速さ2、知力4、魔力0です。特殊能力なし。あらゆるスキルが0です】
(人間LVって、数値で人を評価するのもたいがいにしてほしいな。まあ夢だから仕方ないけど)
「この地域の分析は?」
【ここは人間が支配するギミリスト連合国の東に位置するワート草原です。最も近い集落はアットナム村。そこまでの距離は7.3㎞です】
「へー、7.3㎞かあ。車だったらあっという間だけど」
そう答えて、何か脳裏を暗い影が過りました。
大事な事を忘れている……。何だろうか。
【ギミリスト連合国には自家用車は存在しません。最も速度が出る道具は馬です】
「馬ねえ、乗ったことはないよ。あとはなんだっけ、そうだ、今後起こりうる危険っていうのは?」
【ワート草原はシャナムとの国境にあり、人間は滅多に近寄りません】
「どうして?」
【シャナムに襲われるからです。シャナムから回避するには、速さが15は必要ですし、倒すには攻撃力が20以上のほか、特殊スキルも併用しなければなりません。現状での勝算はありません】
(どうやら過酷なファンタジーの世界の夢らしいぞ。これは面白い)
「じゃあ、どうすればいい?」
【ひたすらアットナム村まで駆けるのがベターです。2時間走り続ければ必ず到着します】
「途中でそのシャナムとかいうのに襲われたら?」
【ジ・エンドです】
「潔いねえ。逃げる以外の打開策を考えてよ。何かあるでしょ」
(だって夢なんだから)
【召喚があります】
「おー!!凄いのもってんじゃん。いいねえ、凄いのを召喚してよ!」
【私は魔物や天使などの召喚はできません】
「何を召喚できるの?」
【装備です】
「装備かー……いいねー。じゃあ頼むよ」
【何がよろしいでしょうか】
「そうだな。やっぱり定番の剣と鎧かな。軽いのね」
【承知いたしました。装備召喚終了です】
「相変わらず早いね。どこ?」
ホーリーが辺りを見渡すと、右手前方に青い鎧に紫の剣が鞘に収まって置いてあります。
「おー!!これはテンションあがるわ。早速装備してもいいの?」
【どうぞ。寸法はピッタリで作っております】
ホーリーは紫の剣を手にとってみます。見た目とは違って軽く、鞘から抜くと月光に照らされて鋭く光りました。
鎧は頭から被るタイプで、腰までフォローしています。やや動きにくくなるものの、力がみなぎってくるのがわかりました。
【分析を行いました。報告いたします】
「え、また分析?ああ、これを装備してのね。いいよ」
【ホーリー様 人間LV5 生命力3 体力3 攻撃力1455 防御力1567 速さ2 知力4 魔力0です。特殊能力が2つ増えました。ひとつはあらゆるものを斬り捨て、その命を支配する力。ひとつはあらゆる魔法を跳ね返す力です。スキルは以前すべて0です】
攻撃力1455、防御力1567……なんちゅう上がり方だ。
命を支配するとか、魔法を跳ね返すのも無敵の能力。
「これは凄い」
【お気に召していただき、マリエッタは光栄に存じます】
こうしてホーリーの冒険が幕を開けました。
まずは3話まで一気に更新してしまいます。
第3話は明日の午前3時になります。