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第1章 4・ガス式エアゾール

第1章 4・ガス式エアゾール


 「おかしいわね。囲むだけで襲ってこないわ。なぜかしら?」


 ケリーの声を聞いて、ホーリーは目を開きました。


 ギー!!!ギー!!!


 巨大蟻アントの群れの中に二人は立っています。


 一万匹に及ぶ巨大蟻アントたちは赤い目を怒りの炎に燃やしながらも、二人から一定の距離を保って触覚を震わせているだけです。


 二人は少しずつ群れの中央へと導かれていきます。


 「なるほど……あなただけは巨大蟻アントの兵隊長が直々に裁くことになっているみたいね」


 ひときわ大きい巨大蟻アントが現れました。血のように真っ赤な目、大木すら両断するだろう強力な顎からは白汁が垂れています。この群れのボスであることは間違いありません。


 「お姉さん、お願いがあります」


 ホーリーがケリーにそう話しかけます。


 「あら、ケリーでいいわよ魔導士さん」


 「僕の名前はホーリーと言います」


 「ホーリー……予言の通りね、非情なる虐殺を繰り返す裸足の魔導士は、聖なる名を冠する……やはりあなたは言い伝えの男に間違いないわ」


 「それについてはまた後程、それよりもヨークの仲間が到着しました。僕にとって大切な道具を持ってです。それがあればここにいる巨大蟻アントを一掃できます」


 「一万の巨大蟻アントを一掃?凄い魔力ね。で、私はどうすればいいのかしら」


 「矢を、ヨークから飛んでくる矢を捉まえてください。その矢にスマホを縛り付けておいてもらいます」


 「スマホ?聞かない名ね」


 「とにかく、チャンスは一度きりです。マリエッタ、準備はどうだい?」


 【説得には成功しました。今から放たれるところです。ですが、射手が暗闇と昆虫の群れのせいで、目標を確認できません】


 「目印が必要だ。ケリーさん、かなり後方からでもここがわかるようにできますか?」

 

 「誰と話をしていたの?精霊さん?」


 「ええ。似たようなものです。できますか?」


 「まかせておいて。火遁の術ってのがあるから……ちょっと熱いわよ」


 そう言うとケリーは一度胸の前で印を結び、呪文スペルを唱えます。


 すると両肩から火をまとった蛇が宙を舞い、暗闇を照らします。


 群れの輪のかなり後方にいたヨークはその明かりを確認し、矢を放ちました。ケリーであれば、当てるつもりで放てば捉まえることはできるはずです。


 ビシィ!


 ケリーは、背後から飛んできて首筋に刺さる寸前で矢を捉えました。


 巨大蟻アントたちはケリーの火遁の術にやや驚いたようですが、すぐに態勢を整えます。


ついに兵隊長が襲い掛かってきました。


 「これね」


 ケリーが矢に結ばれていたスマホを外してホーリーに投げて渡します。


 受け損なって暗闇の地面に転がります。


 「一緒に探している時間はないわ!」


 ケリーは銀の短刀を両手に持って、兵隊長の攻撃に対します。


 「マリエッタどこだよ!!」


 ホーリーも必死です。そこにめがけては兵隊長の顎が襲い掛かりました。


 立ちふさがったケリーが短刀二本で顎を止めます。


 凄まじい力です。


 【ご主人様、こちらです。用意はできております。召喚いたしますか?】


 場所は不明ですが、近くにスマホが落ちているのは確かです。


 「ああ頼むよ。改めて聞いておくけど、人間には無害なんだよね」


 【はい。エアゾール殺虫剤の強化版ガス式です。人間が多少吸っても化学肺炎程度の被害で収まります】


 「じゃあ、無害じゃないね……いや、この際、仕方がない!いくよ」


 【ガス式噴射までカウントダウン5・4・3】

 

 ケリーの短刀の片方が折れ、兵隊長の牙がケリーの右太ももに突き刺さりました。


 「うっ!!」


 【2・1・噴射】


 暗闇に猛烈な白煙が立ち込めます。


 ギー!!ギー!!


 巨大蟻アントたちが悲鳴を上げてもがき始めます。強烈な殺虫剤です。あっという間にひっくり返って死骸となる巨大蟻アントたちが続出します。


 ホーリーは鼻と口を着ていたパーカーで押さえながら、まずはスマホを発見しました。次にケリーを探します。


 「ケリーさん!どこですか!?」


 必死に呼びますが、返答がありません。巨大蟻アントたちの断末魔だけが通路に響いています。


 「マリエッタ!ケリーさんはどこだ!?」


 【兵隊長に連れ去られました。この強力な殺虫剤から生き延びるとは、恐ろしい抵抗力と生命力です】


 「まだ、生きているのか?ケリーさんは」


 【はい。意識は失っている様子ですが、命に別状はありません。恐らく囮に使うつもりです】

  

 「おとり……」


 【巨大昆虫のよく使う手です。傷ついた敵を一人だけ連れて帰って、救出に来たところを襲い掛かる。無視しておけばホーリー様の身は安全です】


 「マリエッタ。お前の目論見が外れて申し訳ないけど、僕はケリーさんを救出に行くよ」


 【私の待機電力が2%をきりました。このままではお役にたてません】


 「わかった。まずはヤンという男を探そう。救出はそのあとだね」


 白煙が少しずつ晴れていきます。


 松明を手にしたヨークがやってきます。その背後にはヨークの仲間らしき3人の姿もあります。


 「凄いですね……さすがは虐殺の魔導士……一万以上の巨大蟻アントが一瞬で死滅している」


 ヨークが感嘆の声を漏らしました。


 「ヨークさん。ケリーさんが連れ去られました。救出に行きたいと思います。協力してくれますか」


 ホーリーがこんなにもはっきりと自己主張したのは初めてのことです。


 以前のホーリーを知っている人間が見ていたらきっと驚いていることでしょう。


 「あ、ああ。もちろんだよ。王宮の人間すべてが敵というわけじゃないし、話のわかりそうなひとだったからね。王宮側の人間とうまくパイプを作れれば、今後の僕たちの活動もしやすくなるし……」


 ヨークは苦笑いを浮かべながらそう答えました。


 「そんな自分勝手に決めて大丈夫ですか?みんなの意向も聞いておいたほうがいいのではないかと思いますが」


 ヨークの背後にいる痩せてガリガリの男がそう言いました。


 「ヒューイは先に本部に戻って報告しておいてくれ。僕は言い伝えの男と行動を共にする」


 「ケリーさんを追う前に一度寄らなければならないところがあります」


 「どこ?武器の補給ならこの先にあるよ」


 「ヤンというひとに会わなければなりません」


 「ヤン!!?」


 ヨークたちが口を揃えて驚きました。


 「その男なら僕たちの本部にいるよ。黒風党ブラームのリーダーだからね」


 「え!?」


 今度はホーリーが驚く番でした。



えー、明日もなんとか午前3時に更新します。

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