第1章 3・狂気の波
第1章 3・狂気の波
【……ギギ……ご主人様、……びでしょうか……ギギ……】
「マリエッタ!マリエッタか!?どこにいるんだ?」
ホーリーは叫びました。声が下水道の通路に反響します。
【……ワイヤレス機能での通信に……。私は別の所有者の懐です。どうやら、ホーリー様のもとに近づいている……です】
雑音が混じっていますが、確かにマリエッタの声です。ホーリーの脳に直接語りかけてきます。
「あ、あとどのくらいで到着しそうなんだ」
【予定到着時間は6分24秒後です】
(6分……結界は??)
巨大蟻たちが衝突を繰り返している暗闇を見ます。闇に亀裂が入っているのがわかりました。どんどんと割れ目が大きくなっていきます。
(もたない……マリエッタの到着前に結界は破壊されてしまう)
結界の境目から巨大蟻たちの姿が確認できました。
赤く獰猛な目、激しく動く鋭い歯、狂ったように振るわれる触覚。一匹の大きさは2mほどでしょうか。
ケリーを含めた忍者たちが死への恐怖と戦いながら、必死に結界に念を送っています。
ケリーの美しい顔からもおびただしい汗が流れ落ちています。
「何をもたもたしているのです!もう3分も耐えられませんよ。早く遠くへお逃げなさい!!」
ケリーの必死の叫び。
ヨークがホーリーの腕を懸命に引っ張ります。
「早くしましょう!せめて城壁の外へ脱出しなければ、あの人たちの死は犬死になりますよ」
それでもホーリーは動きません。
(マリエッタ!聞こえているか?そこで道具を召喚することはできる?)
ホーリーは頭の中でマリエッタを呼びました。
【……可能ですが、ホーリー様しか使用はできません。到着をお待ちください】
マリエッタとの距離が近づいているからなのか、音声が先ほどよりもクリアに聞こえてきます。
(わかった。到着したらすぐに使用できるよう召喚しておいてほしい物があるんだ……いいかい、よく聞いて……………だよ)
【承知しました。もうひとつ報告させていただきますが、私の待機電力が残り5%をきりました。召喚は可能ですが、召喚後すぐに電源がOFFになります】
(確か、ヤンという男が充電できるんだったよね。僕が必ず探し出すよ)
【よろしくお願いいたします。しかし、現在ホーリー様の周辺に強い殺意をもった巨大昆虫の群れがいます。数にして一万八千匹です。その場にいる人間で協力しあっても勝算は0.00000007%です】
(逃げたら逃げ切れるのかな)
【ホーリー様の速さから計算すると18秒後に追いつかれます。今から逃げれば3分後です。私が到着するまであと5分41秒ですが、互いに歩み寄れば2分41秒後に出会えます】
(ギリギリセーフじゃん!僕は何とかなるのか……でもこの人たちはどうなる?一緒に逃げたら結界が切れて、僕だけ18秒で追いつかれる。この人たちを見捨てていけば……いや、それはダメだ。そんなことは許されない。他に方法があるはず……)
ホーリーは必死に打開策を考えますが、時間がただ過ぎていくだけです。
「非情なる虐殺の魔導士なら、戦うのか、犠牲者を踏み台にしても逃げるのか、はっきりしましょう!時間がないんです」
ヨークが必死にホーリーを説得しますが、ホーリーには馬耳東風です。
「くそ!!」
ヨークが吐き捨てるようにそう言うと、ケリーのもとへと戻り、弓を構えます。
「あら、ここで戦って死んでも犬死よ」
ケリーの言葉に、ヨークは振り向きもせず、
「女性を残して逃げたとあっては黒風党の名折れですからね。矢が尽きるまで戦いますよ」
「フフフ、頼もしいわね。でも私たち忍者はその気になったら、巨大蟻の追っ手を振り切ることもできるのよ」
「でも、そうしないんでしょ。いいんですか?姫様の護衛がこんな場所で死んじゃって」
「あら、死ぬと決まったわけじゃないわ。それに地上で戦うより、この狭い通路で戦う方が多勢は相手にしやすいのよ」
確かにこの下水道の通路を一度に通ることができるのは四匹ぐらいが限界でした。
「十匹くらいならね。一万匹の波状攻撃を食らえば30秒ともちませんよ」
「それをわかっていても立ち向かうとは、さすがは黒風党の男ね」
「トリミング王国一の美女に褒めていただけるとは光栄の極めです」
「生き残ったら夕食にご招待してもよくてよ」
結界が8割方崩れています。先頭の巨大蟻はその恐ろしい顎を結界の割れ目から突き出しています。
「どうやら時間みたいね。おしゃべりついでに言っておくけど、巨大蟻は首を落とさない限り倒せないわよ」
「ええ、わかっていますよ。僕の弓矢じゃ火に油だ。せめてあの赤い目をつぶしてやります」
そう言い放ち、ヨークは弓を弾き、素早く二射。
結界の割れ目を縫って、見事に巨大蟻の赤い目に突き刺さります。
グォー!!!!
一匹の咆哮が群れ全体に連鎖していきます。
「……本当に火に油みたいね」
ケリーは微笑みながらため息をつきます。
結界がついに尽く刻を迎えました。
「マスター、死出のお伴させていただきます。お先に冥途へ斬り込みまする」
ケリーに向けて静かにそう言うと、六人の忍者が念を解いて飛び出しました。
巨大蟻が一斉に牙をむきます。
先頭にいた巨大蟻三匹の首が宙を舞いました。
六人の忍者たちはいずれも手練れたちです。目にもとまらぬ速さで刀を振るいます。
しかし、それ以上に巨大蟻は猛烈な勢いで押し寄せてきます。
三人の忍者がその波に飲まれ、悲鳴も残さず消えました。
一人の忍者が強力な顎で身体を両断されます。
二人の忍者がそれでも尚、二匹の巨大蟻の首を落としました。忍び刀はそこで折れてしまっています。
二人は笑顔を残して、巨大蟻の群れに飲み込まれていきました。
そして大きな爆発音とともに巨大蟻が数匹吹き飛びます。
自爆したのでしょう。
「見事な死にざま。見届けたわ」
ケリーは悲しい目をしながらそう一言呟きました。
ヨークの速射は止むことなく継続されていて、先頭を進む巨大蟻たちは皆、両目に矢を突き立てられています。しかし勢いは衰えず、進行方向も狂いません。
巨大蟻たちは、標的から分泌されるホルモンを追っているのです。
迷いなくホーリーを目指して駆けてきます。
突然、ホーリーが走り出しました。
巨大蟻の群れの方向です。
忍者たちの命を懸けた戦い方を目の当たりにしたホーリーは、湧き上がる感情を抑えられなくなったのでした。
罪悪感にかられた。と言ったほうが正確かもしれません。
(僕のせいで……)
「うををををー!!!!!!」
武器など何も携帯していません。
防具もです。
拳を固めて群れに突っ込みます。
ケリーが慌ててホーリーの横にピタリと付いて、先頭の巨大蟻の首を一瞬で斬り捨てました。二匹、三匹、四匹、押し寄せる巨大蟻は瞬時に両断されます。
しかし押し寄せる巨大蟻はその数千倍。
あっという間にホーリーとケリーは狂気の波に飲み込まれていきました。
ヨークは膝をついて愕然とするだけでした。
明日も午前3時に更新しまーす!!




