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第1章 2・巨大蟻の襲来

第1章 2・巨大蟻の襲来


 ここはトリミング王国の地下、迷路のように入り組んだ下水道地帯です。


 意識を取り戻したホーリーの目前では、黒風党ブラームの一味のヨークと、ウィン姫の侍女にして忍者マスターのケリーが一騎打ちを繰り広げていました。


 技量の差を見せつけられ、ふてくされながらもヨークは降参した様子です。


 そのとき、通路の奥から悲鳴とともに獣の咆哮なようなものが聞こえてきました。


 (なんか悪い予感がする。そうだ、マリエッタは……)


 ホーリーはまだ座り込んだ状態でしたが、急いで自分のズボンのポケットを調べます。


 (スマホがない……どこかで落としたのかな!?どうしよう……)


 慌てるホーリーの姿を見て、ヨークが呆れた表情で、


 「悪いけど、持っていたものはすべて没収させてもらったよ。膨大な魔力を必要とする呪文スペルには触媒しょくばいが必要だって聞いたからね。特にあの長方形の板のようなものは怪しかったな。ヒューイが持っていったから、ここにはないけどね」


 (それだ。スマホは没収されてしまったのか……マリエッタさえいてくれたら、もう一つの道具を召喚してこの場をどうにかできたのに)


 ホーリーは絶望のなかうつむいてため息をひとつ。



 「お話の最中悪いんだけど、非常事態みたいだわ」


 ホーリーの傍に立つケリーがそう言ったのと同時に、通路の奥からフラフラと人影がこちらに向かってきます。


 「……マスター、申し訳ありません。北の防衛線を突破されました……」


 人影は松明の明かりに照らされました。


 両腕を肩から食いちぎられています。


 無残な人影は、そう報告すると、流れる汚水の方に倒れ、沈んでいきました。


 「巨大昆虫ムシの仕業ね」


 ケリーの声がややうわずっています。


 ヨークはそれを聞いて、


 「まさか、トリミング王国の地下に巨大昆虫ムシがいるだなんて。ありえない」


 「侵略してきたのよ。大方、昨晩の報復ね。シャナムの国が爆炎とともに壊滅的な被害を受けたから……巨大昆虫ムシたちが一致団結して攻め寄せてきたんだわ」


 (シャナム……それって、つまり、僕のせいってこと?)


 ホーリーは自分が一番の加害者であることを認識しました。


 「でも、人間が支配するギミリスト連合国と巨大昆虫ムシたちが支配する静寂の森は互いに不可侵条約を結んでいるはずじゃ」


 ヨークは闇に向かって弓を構えながら、ケリーに尋ねます。


 「ええ。だから表だっての戦争にはならないでしょう。きっと地上は無事のはずよ。巨大昆虫ムシはシャナムに侵略してきた人間が分泌するフェロモンを追ってこの地下に来た。おそらくこの裸足の魔導士さんを引き渡せば、事は丸く収まりそうね」


 ケリーはホーリーに微笑みながらそう言いました。


 「ぼ、僕はアットナム村の生贄のし、少女を救いたかっただけです」


 語尾が弱々しいながら、ホーリーはそう答えました。


 「ひとりの少女を救うために十六万もの無関係のシャナムを虐殺したの?なかには赤ん坊や高齢者もたくさんいたでしょうに。巨大昆虫ムシたちの憎しみは計り知れない……」


 ケリーの目はホーリーを責めているようにも、自分自身を責めているようにも見えます。


 「どういったいきさつがあるにせよ、このまま言い伝えの男を巨大昆虫ムシの餌にするわけにはいかないよ。黒風党ブラームにとって、このひとは必要なんだ」


 ヨークがそう言って矢を闇に放ちます。速射で五射。


 倒れ込む音はしません。


 ギー!!!ギー!!!


 代わりに何かが怒り狂って吠える声が聞こえてきます。



 「坊や、ひとつ聞いていいかしら」


 いつの間にかケリーの周りには六人の忍者が集結し、敵を迎え撃つ準備をしています。


 「坊やはやめてくれないかな、これでも十七歳なんだ。ヨークって名前があるんですよ」


 「じゃあ、ヨーク。あなた方はこの言い伝えの男の何を必要としているの?時間がないから単刀直入に聞くわね。ズバリ、国崩し?」


 「それを願っている者がいるのは事実ですよ。でも真の志は別です。他国に食料として送られている人間なかまたちを救いたい。僕もその思いです。その思いを遂げるためだったら非情なる虐殺の魔導士にすら魂を売りますよ」


 「そう……黒風党ブラームの狙いは生贄制度の廃止なのね……王宮に出入りする人間として連合国の法律を否定はできないけど、今回のところは言い伝えの男をあなた方に託すわ」


 「え!?」


 びっくりしてヨークがケリーを見ます。他の忍者もやや動揺している様子です。


 「と言っても防ぎきれる自信はないんだけどね。進撃してきているのは、巨大蟻アント。それも百や二百じゃきかないでしょう。穴を掘ってこの地下まで道をつけたのなら、少なくとも一万の兵隊蟻は来ているから」


 「巨大蟻アントが一万……」


 もしそれが地上に溢れ出たらトリミング王国の民は30分で食い尽くされます。


 「その言い伝えの男を連れて逃げなさい。坊や、失礼……ヨークならこの迷宮の道がよくわかっているのでしょ。なんとか城から抜け出して、できるだけ遠くへ行きなさい。少しだけなら時間稼ぎはできると思うから」


 ケリーはそう言うと、部下の忍者たちに指示をして結界を作ります。


 「一種の金縛りの術だけど、この数相手だと、もって五分ね」


 「いいんですか」


 ヨークは構えを解いてそう問いました。


 「仕方ないでしょ。このまま街の中に出られたら大変なことになるのだから」


 「この男を引き渡す。という選択肢もありますよね」


 「この男だけがシャナム虐殺の犯人なら、それで収まりそうだけど。よく考えてみると、斥候役のギーニハンズがいたわ。この男の生きたフェロモンの分泌がなくなれば、きっと次を探すでしょうね。そうなると巨大昆虫ムシたちは城内になだれ込む」


 「この男が遠くに逃げたら、近くにいるギーニハンズを先に襲撃するかもしれませんよ」


 「そうね。その可能性もあるわ。でも、もう考慮している時間はない。確率にかけるしかないわ。巨大昆虫ムシたちはこの男を追うっていう確率を信じるしかね」


 ケリーがまた微笑みました。



 闇に張られた結界に巨大な蟻が衝突し、空気を震わせます。


 憎しみに満ちた蟻たちの叫び声がこだまします。


 無数の衝撃音。


 通路の壁が剥がれ落ちます。



 「さあ、早く」


 ケリーは、ヨークとホーリーを先に逃げるよう促しました。


 ヨークは意を決して、結界の張られた方とは反対へ走り出します。



 ホーリーは動きません。


 自分のせいでこの人たちが死ぬ。


 それを見捨てて逃げるわけにはいかないのです。



 (マリエッタ!!返事をしてくれ!!どこにいる?マリエッタ!!)



 ホーリーは心の中で叫びました。


 絶対にどうにかなるはずです。だってこれは自分の夢の中なのだから。



 (マリエッター!!!!)


次回の更新も午前3時予定です!!

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