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こぼれた星を喰うてみようか

 私と晋作は幼馴染みという奴であった。小さい頃から、木刀で喧嘩を仕合った仲だった。

 私と晋作が吉田松陰という男に初めて会ったのは、長州で数年に一度の北国並みの大雪が降った日だった。

「‥‥‥小五郎のせいだ。」

「なんだと!そもそも晋作がこんな雪の日に山に遊びに行こうと言ったのではないか!」

「違う!婆さまの言い付けを聴かずに小五郎が黙々と山深くに入って来たのが悪いだろ!」

 私と晋作は見慣れた筈の雪がその時に限って本当に珍しく思えて、山に入った。いつも歩きなれた山だと二人とも軽い気持ちだったが、案の定、道に迷ってしまった。寒さで手足が悴み、歩けなくなっている時にその人は現れた。

「‥‥おや、子供の声がすると思ったら。」

 びゅう、という地響きと共に男の声が聞こえてきた。

 私たちは、その姿を見て固まってしまった。晋作に至っては「雪女だ。」と口にしてしまった。確かに私も同じ事を考えていた。

「おや、取って喰ったりしないよ。」

 長く伸ばした髪の毛は髷にしないで後ろで緩く結っただけで、雪と見間違うような白に近い灰の色の着物を着ていた。女と見間違ってしまうような美貌だったが、よく見ると明らかに男だった。

「麓の子供か?」

 私たちは頷いた、次に迷子かと聞かれたので、また頷いた。

「よし、私が連れて行ってやろう。」

 彼は私と晋作の手を握りぐいぐいと山を降って行った。私たちは彼に着いて行くのが精一杯で、気が付くともう山を降りていた。

「‥‥おっさん、すげぇな。」 晋作がこの男に言った。私も同意して「ああ、吃驚した。」と言った。

「ははは、おじさんは歩き慣れてるからな。」

 と男は応えた。

「けど、俺らはこの山で毎日のように遊んでるけど、おっさんの事初めて見たぞ。」

「私は昔、君たちの様にこの村に住んでたんだ。今は藩士をしている。」

 晋作は叫んだ。

「俺らも武士(さむらい)の子だ!」

 彼はまた軽く笑った。

「そうか、では君達の父上にも会った事があるだろうな。」

 彼はそして、私は行くぞ、と私たちの手を離した。私はありがとうと言うと、ニコリと微笑んでくれた。

「おっさん、名前は?」

「吉田だ。」

 男はヒラヒラと私たちに手を振りまた山深くへと潜って言った。

 お互い口には出さなかったが、私も晋作も、この数刻の出来事で、この男に何らかの心を奪われていた。









 私も晋作も十代後半になっていた。藩校で勉学を学び、剣術も正しいものを学び取った。

 晋作は頭がよかった。もう藩の主要な藩士たちに混じり議論を交わしていた。私はと言えば、すっかり剣の道に嵌まり込み、鍛練を積んだ。そして何時しか、剣豪と、名ばかりが世を渡っていた。

 晋作の噂は聞いてはいたが、藩校を出た後はお互い顔を合わせていなかった。そう思うと昔の、二人で山野を駆け回っていた頃が懐かしく思えた。

 そんなある日のことだった。

「よぉ。」

「‥‥‥晋作。」

 私が庭で何時ものように木刀を振っていると懐かしい顔が現れた。

「どうしたんだ。連絡も無しにいきなり。」

「剣豪さんは忙しいようで。」

「名前だけだ。」

 晋作は軽く嘲笑うと顔を変えた。

「小五郎。俺と一緒に長州‥‥いや、この日の本を変えないか。」

「‥‥何を言っているんだ。」

 突飛な事で私には良くわからなかった。 「小五郎、餓鬼の頃の雪の日の事を覚えているか?」

「ああ、確か綺麗な男に下山を手伝って貰った‥‥。」

 晋作は笑った。

「その男にもう一度会いたくないか?」

 これは、晋作の罠だった。晋作は自分自身、男に心を奪われていたのだから、晋作より単純な私も勿論心を奪われていたことをわかっていたのだ。

 その突飛な話に、遂に私は頷くしか出来なかった。

 晋作に手を引かれて付いて行った前は少々立派な屋敷だった。門に掛けられた看板を私は見てはっとした。

「‥‥松下村塾。」

 聞いた事はあった。だが自分がこんな所に連れて来られとは思って無かった。

「晋作、」

「吉田先生!」

 晋作はずんずんと門をくぐり中へと入って言った。

「晋作!」

「吉田先生、連れて来ましたよ。」

 ゆらりと現れたその姿に私は唾を飲んだ。嗚呼、この男は化け物だろうか。

「来ましたね、桂くん。」

 その姿は数年前に幼い私たちの前に現れたその人と同じだった。

「嗚呼、これはなんの幻か。」


 私はそのまま晋作と松下村塾門下生となった。ここからだろう、私が他人とは違う人生を歩む事になってしまったのは。

 全ては騙されたのだ、吉田松陰という化け物に。


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