4―1.人形と悪者は仲が良い
名前も住所もない真っ黒な封筒という、あからさまに怪しい代物がポストに投函されていた。
中の紙には『廃洋館の奥で待ってます』の一文のみ。真っ昼間からミステリーな内容だなと思った。
「ひやかしかもな。俺みたいに有名だと、いろいろあって困るんだよ」
「レンさんって、いたずらされるほど知名度ありましたっけ」
「ないですすみません」
軽い冗談なのに。いつもいつも褒めてくれるわけじゃないらしい。
それはさておき廃洋館か。ご丁寧に地図まで同封されている。三十分程度の距離だろう。
アリシアの言う通り、ここは隠れがちに営業している便利屋だ。こんなややこしい悪戯をされるとは考えにくい。
「まあ、行くとするかな。依頼かもしれないし」
「ですねっ」
だから、廃洋館に向かう価値はあると感じた。冷やかしならそれでもいい。困っている人はいないんだと安心できるから。
――――
すすけた外壁に絡まるツタ。伸び放題の庭草。建物全体から放出されている陰鬱な空気。
目的の場所には、いかにもな雰囲気の廃洋館がそびえていた。庭に立ち、浅いため息を付く。
怖いんじゃない。気がかりなのだ。大きな心配の種がどこにあるかと問われれば、
「なんで来たんだっけ」
「えと、苦手のままじゃいけないかなと……ううう、でも体が震えます」
アリシアが一緒だからと答える。早くも恐怖している様子だった。頑張り屋と褒めるべきか。
少しでもレンさんの役に立ちたい。そんな言葉が嬉しくて、つい同行を許してしまった。判断を誤っただろうか。
「その、手に持ってるフライパンはなんだ? 料理教室か?」
「ぶ、武器ですよっ! 守りながら戦えるって、テレビで見たんです」
「……ふ、似合うぞ」
「今絶対ばかにしましたよね!? いいですよっレンさんなんて頼りませんから!」
すねられてしまった。と言われても、家庭的な女の子に見えるのだから仕方がない。
がさがさと雑草を分けて庭を抜け、朽ちかけた木製扉に手をかける。金切り声のような音を立てて玄関が開いた。
(……誰か、いるな)
広い廊下を進みながら状況を探る。湿った空気のゆらめき。複数の気配が充満している。
小さな窓から差す浅い光。古びた木製扉が左右に多く並ぶ。高い天井は終わりが見えなかった。
「離れないようにな。俺たちを観察してるやつがいるかもしれん」
「え、あ、はいっ!」
素早く俺の腕をつかむアリシア。なるほどこうすれば正当に密着できるのか。よしよし。
「もっと近い方がいいな。俺が喜ぶから、じゃなくて、急な攻撃にも対応できるからさ」
「う……こ、怖くなんかないです! レンさんが側にいますから!」
(いいねえ)
強がりつつも、ぎゅうっとしがみついてくれるアリシア。恋人同士みたいでときめいた。
ひそかに変態的な気分にひたっていた時、空気が揺れた。なにかが俺たちに近付いてくる。
天井から伸びてきたのは長いロープ。蛇のごとくアリシアの胴体に巻き付き、そのまま軽々と空中に吊り上げた。
「きゃああ!?」
(優しい仕掛けだ)
即座に銃撃してロープを切断。落ちてきたアリシアを受け止める。
罠というよりも捕獲するための細工。封筒の差出人が設置したのだろうか。一体なんのために。
「……すみません」
「いいって」
ぽつりと謝るアリシア。助けられたことを気にしているのだろう。こちらこそ感謝したい。
あらためて歩き始める。そのまま数メートルほど進んだ時、廊下の右側にある扉がきしんだ。
「お出ましか」
左右前後にある多数の扉が、ばたばたと音を立てて開いていく。すでに静けさは消失していた。
ゆらりと現れたのは、大人の背丈ほどもある、木で作られた人形たち。緑や青などの布切れを身にまとっている。
自律行動する存在。それだけなら無害だろう。長剣や手斧、レイピアや槍などの凶器さえ携えていなければ。
「れ、レンさん……」
「大丈夫だ。的当てゲームみたいなもんさ」
喋りながら一体の頭に弾丸を撃ち込む。
倒れるはずだった。急所に命中したのだから。なのに撃たれた人形は、わずかにのけぞるだけで平然と歩いてくる。
「……いやいや、そんなことあるんすか」
足。腹部。胸部。弱点と思わしき部位を撃ち抜くものの、全く意に介そうとしない人形たち。
人形たちが武器を投げた。俺たち目掛けて飛来する凶器。人形だからできる守りを捨てた攻撃。
「舌かむなよ!」
「っ!」
アリシアを抱えて空中に跳躍。天井から吊り下がっているロープに片手でつかまる。
揺れる勢いそのままに前方へ飛び降りた。いつまでもターザンごっこしてはいられないから。
「それ借してくれ」
「っ、え?」
再び凶器の飛来。でも大丈夫。こっちにだって便利な武器がある。
フライパンを横なぎに振り凶器を弾き飛ばす。たしかな手応え。たまには鈍器系の武器も面白いな。
落下地点で人形たちが構えていた。落ちながら炎を放ち、邪魔になる奴らだけを燃やす。
「衝撃が来るぞ」
「んー!」
ぐっと口を閉じるアリシア。クッション代わりに人形を踏みつけての着地は成功した。
廃洋館の奥に向かって駆け出す。ちらっと後方確認をすれば、燃やした人形たちが無傷のまま起き上がり始めていた。
「あいつら頑丈すぎ。どうやって鍛えてんだ」
「ど……どうしてそんな、冷静なんですか。私には……なにがなんだか」
「慣れてるからな」
止まってアリシアを立たせる。だいぶお疲れの様子だった。休憩もかねて徒歩に切り替える。
なぜか追って来ない人形たち。思い付く理由は二つ。向こうが戦意を捨てたから。あるいはそれよりも的確なのは、
(俺たちを、誘うため)
頭数の割に控えめだった攻撃。はさみ撃ちの時、後方の人形たちは、なぜ俺たちを静観し続けたのか。
おそらく人形は、封筒の差出人と協力関係にある。全員が共通の目的を持って行動しているように見えた。
(だとしたら、なんのために俺たちを)
「レンさん?」
「ああいや、差出人の意図を考えてたんだが、どうもよく分から……ん?」
思案しながら進んでいると、足元に張られたロープが見えた。俺は立ち止まるが、アリシアは横を向いていたせいか、
「ぎゃー!?」
つまづいて盛大に転び、ころころと床を前回り、曲がり角の壁にぶつかって停止した。
ロープをまたいでアリシアに近付く。見応えのある光景だった。怪我は避けられたらしい。
「すまん。考えごとがあったもんだから」
「いたたた……い、いえ、今のは私が油断していました。反省、します」
後頭部をおさえながら立ち、壁によりかかるアリシア。途端、予想もしなかった変化が訪れた。
壁の一部分だけがぐるんと回転。アリシアは壁の向こうに飲み込まれた。その間わずか二秒。
「あっ」
腕を伸ばすが届かない。俺だけが廊下に取り残されてしまった。
問題の壁を押してみる。飛び蹴りをかますが不動のまま。やられた。こんな古典的な手で一杯食わされるなんて。
「ま、まあこれくらいは予想してたけどな」
廊下に響く虚しい強がり。たぶん無事だろう。差出人は俺たちと会うのが目的みたいだから。
アリシアは今頃、封筒の送り主と対面しているはずだ。じきに俺も合流する。平和的に解決できるといいんだが。




