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3.優しい人は強い人

 ここ最近は忙しかったので今日は休むと決めた。ソファーでだらけながらテレビをつけてみる。

 季節外れの心霊特集をやっていた。俺としては、死んだ存在と会える現実もあるように思える。


「お化け、ですか」


 キッチンの片付けを終えたらしいアリシアも、座ってテレビを見始めた。

 昼の秋風が窓を叩く。かたかたと、優しい力で。


「レンさんは、よく分からない、あいまいな存在って嫌いですか?」


 ふとアリシアから質問が届けられた。いつもと変わらない表情のまま。


「いや、分からないからこそ理解したくなるよ。アリシアのことも、な」

「えへへ、ありがとうございます。おかげさまで、二年前の秋の夜も、素敵な思い出になりました」

「ああ。懐かしいな」


 安心したように笑うアリシア。甘い雰囲気に誘われて昔を思い出す。

 冬のように冷え込んでいた二年前の秋夜。帰宅した俺が見たのは、玄関先で倒れる十四歳のアリシアの姿だった。

 意識はしっかりしていた。救急車は呼ばないでほしいと言ったのもアリシアだった。その訳はすぐに理解できた。


「もし病院に行けば、私みたいな戦争孤児は、施設に入れられてしまいます。他の人を押しのけるのは、なんとなく嫌でしたから」

「だな。俺が便利屋を始めたのも、なるべく自分で生きたかったからさ」


 俺たちは、戦争で家族を失っている。この国は四年前まで、たくさんの人が死んでしまう戦いを平気でやっていた。

 けど俺たちは、施設には入らなかった。本当に困っている人が使うべきだと考えたから。空いている席にも限りがあったし。

 結果、いつしか俺とアリシアは二人で便利屋をやっていた。互いの過去は気にせず、どうにか今日まで生きてこられた。


「つまりあれだ。大事なのは、これからなにをしていくかだな。昔なんてどうでもいいさ」

「はいっ。さすがレンさん、過去よりも未来を見る人なんですね」

「かっこいいだろ」

「もちろんです」

「そ、そうか?」


 はっきり言われると、それはそれで照れくさい。まさか肯定してくれるとは思わなかった。

 内心喜んでた所で玄関扉が開いた。来客はキールだった。いい気分のところを邪魔しやがって。


「こんにちはキールさん。紅茶でいいですよね。砂糖は入れますか?」

「うむ、あまあまで頼む」


 ぱたぱたとキッチンに向かうアリシア。なんと手際のいい。どうですかうちの優秀な助手は。

 俺の正面に座るキール。そわそわと落ち着かない様子で、あまあま紅茶が来るのを待っていた。


「なるほどな、大人っぽく見えても、しょせんは十七歳の子供ってわけか」

「なにぃ失礼な! 二十二歳のおっさんに言われたくはないぞ」

「おっさんじゃねーよ若いお兄さんだよ!」


 むきになって言い返す。見た目的にはキールと俺は同い年くらいだから。

 キールとの付き合いも四年になる。冷静な雰囲気とは裏腹に甘いものが大好きだ。どの程度こじらせてるかというと、


「お待たせしました。紅茶の他にチョコレートがあったんですけど食べま」

「おおっ、さすがアリシアだありがとう! わたしもこんな助手がほしいものだ! もぐもぐ」

(食うの早っ)


 即食い開始である。遠慮なんてものは知らんとばかりの勢いだった。

 三人分の紅茶がテーブルに置かれる。アリシアも再びソファーに座った。心霊番組の放送は続いている。


「幽霊か。彼らはどこに向かうのだろうな。行くべき場所に気付ければ、世界は輝いて見えるのだが」


 紅茶のティーパックをスプーンでかきまぜながらキールは言う。その感想には同意できた。


「キールさんは、お化けみたいな存在の人って嫌いですか?」


 俺の時と似たような質問を口にするアリシア。


「む、それはどういう意味だ?」

「例えば、行きたい場所が分からなくて、やりたいことがあるのに怖がっていて……そんな人がいたら、キールさんはどう思いますか?」

「わたしの考え、か」


 くるくる回る紅茶に視線を落とし、しばらく考え込んでいたキール。


「……とても難しい問題だな。でもわたしは、こんなふうに思うのだ」


 やがて指先が止まった。ティーカップにスプーンが当たって、かちんと小さな音が鳴る。


「不安とは、月光に伸びる影のようなもの。どうしようと切り離せない。ならばいっそ、夜明けまで迷い続けてみてもいいのではないか」


 チョコレートがひとつまみ。キールの手のひらに乗せられた。


「強くなれと人は言う。だがそれは、自分以外を頼らずに生きていくのとは違うはずだ」

「わ、わっ」


 チョコレートを投げ渡すキール。びっくりしながら受け取るアリシア。


「頑張りすぎると溶けてしまうのだ、人の心は。せっかくの遠回り、わたしたちと一緒に景色を楽しもうではないか」

「キールさん……」

「ふふ、ちょっとかっこつけすぎたかもだな」


 苦笑いをするキール。図らずもそれは、アリシアにも笑顔を与えていた。

 言葉は急ぎ足で消える。だけどキールの気持ちは、しっかりとアリシアの心に刻まれたように思えた。


「ありがとうございます。あ、チョコレートのおかわり持ってきますね」

「おおっすまない! ここは楽園みたいだな!」


 さっきよりも軽い足取りでキッチンに向かうアリシア。誰のおかげなのかは明白だった。

 心霊特集が終わったのでテレビを消す。静かな室内。聞こえるのは紅茶をいただく音だけ。


「悪かったな」

「む?」


 礼を言う。不思議そうな反応が返ってきた。


「キールは大人だ。子供って言ったのは訂正するよ」

「なに、チョコレートパワーのおかげだ。甘いものはいいぞ。絶対に分けてはあげないがな!」

「欲張りだなおい!」


 びしりと断言するキール。やっぱりこいつは子供なのかもしれない。

 誰しもに待ち受ける回り道。道草を味わってみるのもいいもんだ。いつかは自分の力になるから。

 ほろ苦く仕上がった紅茶を一口。詩的な気分にひたるのも、これはこれで良いものだった。


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