2.少女は恐怖を未来に変える
深夜の墓地に咲く花を摘んできてほしい。そんな依頼が舞い込みました。
レンさん一人で余裕の内容ですが、仮にも私だって便利屋。力になりたい願望があるのです。
そんなわけで無理を言って、いつもは見送るだけの依頼に同行させてもらったのですが、
「ぬおおおお! 最近のゾンビ達って足速いんだな! 死人のくせに向上心ありすぎだろー!」
「きゃあああ! 後ろ後ろ! やだああ触られたくないいい!」
追われています。墓地の奥で地中からの襲撃。自我を持たない、食欲のみで動く化物に。
レンさんに背負われながら逃げるという、なかなかの足手まといぶりをさらしている私。ゾンビの腐腕は今にも私たちに届きそうでした。
「ぎいやあああ! 気持ち悪いからやめてー!」
「ああもう、夜食になるつもりはないっての!」
レンさんが振向き様に銃の引き金をひきます。放たれた弾丸は、背後のゾンビ一体の眉間を撃ち抜きました。
あえて立ち止まるレンさん。迫り来るゾンビ三体の頭部に、正確かつ素早く鉛弾を見舞います。
倒れて動かなくなる化物たち。ようやく静寂が戻りました。背中から降りて地面に立ちます。
「おえっ……ありがとうございます……すみませんなにもできなくて」
「大丈夫か? 吐きかけてるアリシアもかわいいな。目覚めそうだ」
「私には……分からない、趣味です」
体調不良な私。軽く冗談を言うレンさん。経験と素質の違いを見せ付けられました。
イメージトレーニングなんて無意味です。実物は怖すぎました。映画での勉強も役立たずです。
「でも、これで安心ですね。早く花を取って帰りたいです」
「ああ。すぐそこだ。依頼料もらったら回転寿司にでも行こうか」
「回転、ずし?」
「日本の文化だとさ。白米と生魚を、茶色い汁と一緒に食うらしい。かなりうまいとかで――」
レンさんの言葉は意図せず中断されます。
私とレンさんの間の地面に、身の丈を越える黒い鎌が深々と突き刺さったからでした。
「え」
おのずと見上げたのは薄暗い星空。
空中四メートル地点。淡い月に照らされているのは、大鎌を携えた不気味な死神でした。
人の頭骨で形成されている頭部。朽ちた黒いマント。遊ぶように生者の命を刈り取る化物。
「アリシア、離れてろ」
落ち着いた口調。返事よりも速く、レンさんは走り始めていました。
死神の周囲に出現する大量の鎌。連続的に発射される凶器を臆せず避けていくレンさん。
鎌の連撃が途切れたところで、レンさんは立ち止まりました。右手には銃が握られています。
「おら、もう弾切れかおい。腕に持ってる大鎌は飾りですかー?」
まさかの挑発。死神に言葉が伝わるかは定かではありません。
それでも雰囲気は通じたのか、死神が急降下で接近します。にやりとレンさんが笑いました。
「引っかかったな。当てやすくなったぜ」
銃を向けるレンさん。戦いで大事なのは力よりも心。勉強になります。
映画のクライマックスのように、レンさんが決め台詞を宣言します。
「地獄片道旅行だ!」
かちっ。
弾切れを知らせる引き金の小さな音。一瞬だけ時が止まりました。
死神が大鎌を振り上げて迫ります。人間程度ならたやすく両断できるはずの死の刃。
「うわー! 待て待て、補充するからタイムー!」
「レンさんっ!」
取り乱すレンさん。違和感を覚えました。どこか余裕があるふうに見えるからです。
(あ……そっか)
すっと手のひらを死神に向けるレンさん。思い出しました。普段は隠している特殊な能力を。
「終わりだな」
発現されたのは巨大な業火。死神の全身を包囲して焼き尽くす、海のように鮮やかな青色。
もがく死神。墓地が青く照らされます。最後に投げられた大鎌は、レンさんの右隣すれすれの地面に突き刺さりました。
「うわ、あぶねー」
なんともわざとらしい言い方。燃え尽きて消滅する死神。かすかな焦げくささを感じました。
「で、アリシアは回転寿司行くよな? キールも誘おうと思うんだが」
「…………え? あっ、そ、そうですね。大丈夫だと思います」
平然と会話の続きを始めるレンさん。私の足はがくがくです。頭を切り替えられませんでした。
もう限界です。自分が弱いのは分かりました。だから言わせてください。
「こ……怖かったああ」
荒れた地面に情けなく座り込みます。
私は戦いには向いていません。レンさんの支えにはなれないのだと、あらためて痛感させられました。
―――――
夜が明けた翌日の昼間。アリシアは事務所の窓辺に立って、ぼんやりと秋の青空を眺めていた。
時折聞こえてくるのはため息。昨晩の戦闘がこたえているらしい。アリシアが恐怖する姿は見ていて楽しかった。
「アリシアはどうしたのだ? なにやら疲れ切っているようだが」
心配そうに観察するキール。こいつなんでここにいるんだっけ。まあいいかどうでも。
「ああ、いやまあ昨日の夜、ちょっと張り切りすぎたみたいでな」
「なっばかものぉ! いたいけな少女に手を出すとは畜生か!? 成敗!」
「いだっ!? おいビンタすんなよ何と勘違いしてんだよ!」
キールから平手打ちが飛んできた。超痛え。アリシアと違って力強いから冗談になってない。
依頼の内容をざっくりと説明した。あらぬ誤解はすぐさま消えた。
「なんだ違うのか……期待したのだが」
「どうして若干残念そうにしてんだよ」
「よし、わたしの出番か。励ませるといいが」
立ち上がるキール。長い黒髪をさらさらと揺らして歩き、そっとアリシアの隣に並んだ。
「キールさん……」
「元気を出せアリシア。わたしも最初は怖かったぞ。ゾンビと初めて戦った日の夜なんて、一人でお風呂に入れなかったんだ」
「キールさんも、そんな頃があったんですね」
「うむ。背後が不安で鏡も見れなかった。朝の寝ぐせはレンに直してもらってたのだ」
せきららに語るキール。そういやそんなこともあったな。アリシアと出会う前、二人で暮らしながら便利屋をしてた頃の話だけど。
「もちろん連日寝不足気味だった。その頃、レンがわたしに付けたあだ名を知りたいか?」
「し、知りたいです」
「くまパンダだ」
「……えへへ、なんかかわいいですね」
小さく微笑むアリシア。キールの気持ちは届いたみたいだった。俺もアリシアの側に移動する。
「アリシアは、俺にないものを持ってる。しっかり者だし家事がうまい。それに優しい。ありがたすぎて土下座できるくらいさ」
「レンさん……」
「人にはそれぞれ役割がある。アリシアが自分らしくいてくれたら、俺はそれでいいんだ」
アリシアが来てくれた日から、日常の姿がより鮮やかな色を帯びた。
出会う前と出会った後。具体的には分からないが、なにかが変わったことだけは断言できる。
説明の言葉をつかめるのは、まだまだ先になるだろうけど、いずれきっと口にしてみせる。
「……分かりました。いつまでも落ち込んだらだめですよね。今日からまた頑張ります!」
「ふふ、やはりアリシアには笑顔が似合うな。レンがうらやましいぞ」
「ありがとうございます。ところでキールさん、回転寿司って分かりますか?」
「怪天頭死? なんだそれは新手の化物か?」
アリシアは無事いつもの様子に戻ってくれた。今回はキールが活躍したな。
苦手を克服するよりも、いい部分を伸ばす。弱みがある方が命というのは魅力的だと思う。
青空は続いていく。心地よい秋風は、もうしばらく街で暮らすだろう。




