12.あなたのそばにいたいから
窓の外を眺めて支度が終わるのを待つ。午後五時の夕空は程よい茜色に染まっていた。
俺からの急な誘いにも関わらず、アリシアは快くうなづいてくれた。たまには二人きりで出かけるのもいいもんだ。
「お待たせしました」
優しい声に振り返る。外出の準備を済ませたアリシアが立っていた。
「おお……なんとまあ」
「えへへ、どうですか? 普段だと、あんまりお洒落できませんから」
やや恥ずかしそうに話すアリシア。そのひかえめな立ち姿に思わず口数が減ってしまった。
白いカーディガンに薄黄色の長いマフラー。いつもの赤いリボン。どことなく冬を感じさせる小さな華やかさがある。
どうやら感想を求められているらしい。いろいろ褒めたい点はあるが、全体的に言えることは。
「なるほど、天使か」
「に、似合ってますか? なんか……急に恥ずかしくなってきました」
小さくうつむいて赤面。俺もお洒落すればよかっただろうか。男として隣に立てるだろうか。しかし今さら遅い。
先に言っておくがデートじゃない。あくまで息抜きやら気分転換の意味合いが強いけど、
「よし、行こうか」
「はいっ」
なんだかんだで楽しみにしてる自分がいた。遊びとはいえ気合いが入るというものだ。
でも、アリシアの前では紳士を演じよう。うわついてるのは確実に俺だけだろうから。
―――――
びっくりしました。レンさんからのいきなりな誘い。こんなのまるでデートみたいです。
平気なふりをしてますけど、本当はすごく緊張しています。レンさんはいつも通りなのに。
映画館の二時間のおかげで平静を取り戻せそうです。早く落ち着かないと。うわついているのは絶対に私だけなので。
「さっきの映画すごかったよな。ヒロインが銃で撃たれるシーンは、ぜひ実写で見てみたくなったよ。どうだアリシア?」
「なんの期待ですか!? やりませんよ絶対に!」
夜景の歩道。さっき観た映画の内容を楽しそうに話すレンさん。きらきら笑顔にときめきます。
きっとこれは大切な日常。清んだ空気の中で悠然とかがやく、秋の夜月を思わすまばゆい光。
レンさんがいるから、景色は形を織りなして心に残ります。それなのに私は嘘を続けていて。
(……裏切り、かな)
時間は残酷で、色々なものを変えてしまいます。季節の色や空の姿。かけがえのない人との繋がりさえも。
良い未来が訪れることもありますが、今よりも悪くなることだって。どれだけ強く願おうと、永遠に同じままではいられません。
(……いつかは、言わないと)
私が人間ではないと知ったら、レンさんはどう感じるのでしょうか。怒り。落胆。それとも。
レンさんは優しい人ですが、こればっかりは許してもらえるか分かりません。だけど伝える必要があります。
「レンさん」
「ん?」
「いい……ですか?」
そっと握りしめたレンさんの手。ようやく自然な雰囲気で出来るようになりました。
とてもあたたかくて大きな安心感。レンさんとの身長差。ほんのちょっとだけ、私の意思を鈍らせます。
それでも必ず、自分自身のためにも。打ち明けるきっかけが来たらありのままをレンさんに。
―――――
繁華街を歩いて。普段は過ぎる店に入って。美味いものを食べて。二人の時間も残念ながら終盤に近付いていた。
すっかり暗い夜。薄明るい街灯で照らされた道を歩く。道脇の川を館船が泳いでいる、のどかな雰囲気の場所。
「今日は楽しかったよ。付き合ってくれてありがとうな」
「はいっ。私の方こそ、とても思い出に残る夜を過ごせました」
「ふっ、まあプロの便利屋ですから」
冗談を言う。アリシアも楽しんでくれていた。ものすごく嬉しいのは秘密にしておこう。やったぜ。
今夜のアリシアは大人びていて素敵だった。服装ひとつでこうも変わるのかと驚かされた。
あとは最後の仕掛けのみ。情報は正確だけど実際に見るのは初めてだ。成功するだろうか。
「そろそろだな」
「え、なんですか?」
「九時が近付いてる」
ちらりと腕時計を見る。ほぼ無計画の外出だったけど、最後はここに来ようと決めていた。
きっと俺一人で眺めても感激しない。大切な人が隣にいてくれるから意味がある。
「九時……?」
「あと三秒だ。二、一」
カウントの終わりと同時、ほのかに暗かった道並みは様変わりする。
はじけるように灯されたのは、街路樹や橋を飾る二十万球のイルミネーション。百数メートルもの黒が淡い青色に彩られる。
想像より美しい景色に俺も息を飲む。足を運んで正解だったと感じた。
「わあっ……!」
「すごいもんだな」
ぱあっと明るい表情を見せるアリシア。横顔から見えた瞳の青は夜景よりもきれいだった。
にしても、よく見りゃ周りはカップルだらけ。マジでデートスポットなのかよ。みんなでいちゃこらしやがって。
「もう少し見るか?」
「いえ、歩きながらにしたいです。なんか、カップルばかりですし」
「ん、名案だな」
進み出す。もし俺たちが恋人同士だったらここにいられたのだろうか、なんて考えかけたりした。
ともかくこれで今夜は終わりだ。最終演出は成功だけど、全体的な完成度はいかがだったのか。
「うーん……」
「レンさん?」
「ああいや、今夜の外出、アリシアは満足してくれたのかなーと」
ついつい尋ねる。もしも二度目があるなら参考にしたいから。
「……えっと、本音を伝えた方がいいですか?」
「え? あ、ああ。その方がありがたいかな」
どきりとする。まさか楽しくなかったんじゃ。ずっと無理して笑ってくれてたんだろうか。
広場でのみぞおち突きが頭をよぎる。あれは冗談抜きで痛かった。もう勘弁してください本当に。
「分かりました……じゃあ、ちょっとだけ姿勢を下げてくれますか?」
「う……仕方ないな」
びびりながら腰をかがめる。たいていは受け入れるのが俺の信条だが怖いものは怖い。
まっすぐ俺を見つめるアリシア。やがて繰り出された攻撃。それは綿雲のような口付けだった。
「……!?」
不意の一手は俺の頬に命中する。ごく普通に固まってしまう俺。いったいなにが起きたのか。
数秒後、アリシアは俺から離れた。その顔がみるみる赤くなる。キスをされたと理解できた頃には遅かった。
じわじわと互いの距離が開く。アリシアが静かに後ずさりしているから。かすかな涙目にも見えた。
「や……やっちゃった」
「アリシア?」
「いやーーー!!」
「な、なぜ逃げる!? 俺なにかしたか!?」
ダッシュ逃走。顔を覆いながら去るアリシアを追いかける俺。外出の締めくくりはまさかの鬼ごっこだった。
アリシアは毎日を真剣に生きている。本人は気付いてないかもだけど、ゆっくり着実に成長している。
いつか天使は、俺の側を離れて飛び立つのだろう。その日が来るまでは、もうしばらく、このまま一緒に。




