表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/32

12.あなたのそばにいたいから

 窓の外を眺めて支度が終わるのを待つ。午後五時の夕空は程よい茜色に染まっていた。

 俺からの急な誘いにも関わらず、アリシアは快くうなづいてくれた。たまには二人きりで出かけるのもいいもんだ。


「お待たせしました」


 優しい声に振り返る。外出の準備を済ませたアリシアが立っていた。


「おお……なんとまあ」

「えへへ、どうですか? 普段だと、あんまりお洒落できませんから」


 やや恥ずかしそうに話すアリシア。そのひかえめな立ち姿に思わず口数が減ってしまった。

 白いカーディガンに薄黄色の長いマフラー。いつもの赤いリボン。どことなく冬を感じさせる小さな華やかさがある。

 どうやら感想を求められているらしい。いろいろ褒めたい点はあるが、全体的に言えることは。


「なるほど、天使か」

「に、似合ってますか? なんか……急に恥ずかしくなってきました」


 小さくうつむいて赤面。俺もお洒落すればよかっただろうか。男として隣に立てるだろうか。しかし今さら遅い。

 先に言っておくがデートじゃない。あくまで息抜きやら気分転換の意味合いが強いけど、


「よし、行こうか」

「はいっ」


 なんだかんだで楽しみにしてる自分がいた。遊びとはいえ気合いが入るというものだ。

 でも、アリシアの前では紳士を演じよう。うわついてるのは確実に俺だけだろうから。


―――――


 びっくりしました。レンさんからのいきなりな誘い。こんなのまるでデートみたいです。

 平気なふりをしてますけど、本当はすごく緊張しています。レンさんはいつも通りなのに。

 映画館の二時間のおかげで平静を取り戻せそうです。早く落ち着かないと。うわついているのは絶対に私だけなので。


「さっきの映画すごかったよな。ヒロインが銃で撃たれるシーンは、ぜひ実写で見てみたくなったよ。どうだアリシア?」

「なんの期待ですか!? やりませんよ絶対に!」


 夜景の歩道。さっき観た映画の内容を楽しそうに話すレンさん。きらきら笑顔にときめきます。

 きっとこれは大切な日常。清んだ空気の中で悠然とかがやく、秋の夜月を思わすまばゆい光。

 レンさんがいるから、景色は形を織りなして心に残ります。それなのに私は嘘を続けていて。


(……裏切り、かな)


 時間は残酷で、色々なものを変えてしまいます。季節の色や空の姿。かけがえのない人との繋がりさえも。

 良い未来が訪れることもありますが、今よりも悪くなることだって。どれだけ強く願おうと、永遠に同じままではいられません。


(……いつかは、言わないと)


 私が人間ではないと知ったら、レンさんはどう感じるのでしょうか。怒り。落胆。それとも。

 レンさんは優しい人ですが、こればっかりは許してもらえるか分かりません。だけど伝える必要があります。


「レンさん」

「ん?」

「いい……ですか?」


 そっと握りしめたレンさんの手。ようやく自然な雰囲気で出来るようになりました。

 とてもあたたかくて大きな安心感。レンさんとの身長差。ほんのちょっとだけ、私の意思を鈍らせます。

 それでも必ず、自分自身のためにも。打ち明けるきっかけが来たらありのままをレンさんに。


―――――


 繁華街を歩いて。普段は過ぎる店に入って。美味いものを食べて。二人の時間も残念ながら終盤に近付いていた。

 すっかり暗い夜。薄明るい街灯で照らされた道を歩く。道脇の川を館船が泳いでいる、のどかな雰囲気の場所。


「今日は楽しかったよ。付き合ってくれてありがとうな」

「はいっ。私の方こそ、とても思い出に残る夜を過ごせました」

「ふっ、まあプロの便利屋ですから」


 冗談を言う。アリシアも楽しんでくれていた。ものすごく嬉しいのは秘密にしておこう。やったぜ。

 今夜のアリシアは大人びていて素敵だった。服装ひとつでこうも変わるのかと驚かされた。

 あとは最後の仕掛けのみ。情報は正確だけど実際に見るのは初めてだ。成功するだろうか。


「そろそろだな」

「え、なんですか?」

「九時が近付いてる」


 ちらりと腕時計を見る。ほぼ無計画の外出だったけど、最後はここに来ようと決めていた。

 きっと俺一人で眺めても感激しない。大切な人が隣にいてくれるから意味がある。


「九時……?」

「あと三秒だ。二、一」


 カウントの終わりと同時、ほのかに暗かった道並みは様変わりする。

 はじけるように灯されたのは、街路樹や橋を飾る二十万球のイルミネーション。百数メートルもの黒が淡い青色に彩られる。

 想像より美しい景色に俺も息を飲む。足を運んで正解だったと感じた。


「わあっ……!」

「すごいもんだな」


 ぱあっと明るい表情を見せるアリシア。横顔から見えた瞳の青は夜景よりもきれいだった。

 にしても、よく見りゃ周りはカップルだらけ。マジでデートスポットなのかよ。みんなでいちゃこらしやがって。


「もう少し見るか?」

「いえ、歩きながらにしたいです。なんか、カップルばかりですし」

「ん、名案だな」


 進み出す。もし俺たちが恋人同士だったらここにいられたのだろうか、なんて考えかけたりした。

 ともかくこれで今夜は終わりだ。最終演出は成功だけど、全体的な完成度はいかがだったのか。


「うーん……」

「レンさん?」

「ああいや、今夜の外出、アリシアは満足してくれたのかなーと」


 ついつい尋ねる。もしも二度目があるなら参考にしたいから。


「……えっと、本音を伝えた方がいいですか?」

「え? あ、ああ。その方がありがたいかな」


 どきりとする。まさか楽しくなかったんじゃ。ずっと無理して笑ってくれてたんだろうか。

 広場でのみぞおち突きが頭をよぎる。あれは冗談抜きで痛かった。もう勘弁してください本当に。


「分かりました……じゃあ、ちょっとだけ姿勢を下げてくれますか?」

「う……仕方ないな」


 びびりながら腰をかがめる。たいていは受け入れるのが俺の信条だが怖いものは怖い。

 まっすぐ俺を見つめるアリシア。やがて繰り出された攻撃。それは綿雲のような口付けだった。


「……!?」


 不意の一手は俺の頬に命中する。ごく普通に固まってしまう俺。いったいなにが起きたのか。

 数秒後、アリシアは俺から離れた。その顔がみるみる赤くなる。キスをされたと理解できた頃には遅かった。

 じわじわと互いの距離が開く。アリシアが静かに後ずさりしているから。かすかな涙目にも見えた。


「や……やっちゃった」

「アリシア?」

「いやーーー!!」

「な、なぜ逃げる!? 俺なにかしたか!?」


 ダッシュ逃走。顔を覆いながら去るアリシアを追いかける俺。外出の締めくくりはまさかの鬼ごっこだった。

 アリシアは毎日を真剣に生きている。本人は気付いてないかもだけど、ゆっくり着実に成長している。

 いつか天使は、俺の側を離れて飛び立つのだろう。その日が来るまでは、もうしばらく、このまま一緒に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ