教皇様の昔語り14
カタリナは門を開け、四人を敷地内へと誘う。
「教皇様、こちらです」
庭にはよく手入れされた芝生と庭木が、屋敷の玄関まで整然と並んでいる。
「まあまあ、教皇様。こんな拙宅を訪ねていただかなくても、お呼びいただければこちらから伺いましたのに」
四名家とうたわれるカノッサ家の現当主カトリーヌは、恰幅のいい中年女性だった。
若い頃は他の三名家の男性たちがこぞって求婚したという逸話を持つ美しい女性だった。年を取って一家を取りまとめる母親となった現在は、カノッサ家の当主として夫や家族達を支え、枢機卿の仕事もこなすさばさばした女性になっていた。
「話は娘のカタリナから聞いておりますわ。そちらの子ども達の後継人をわたくしに務めてもらいたい、と言うことでしょう?」
カトリーヌは子どもたち二人を見下ろす。
話題の本人であるファティマとムスタファは、緊張した面持ちでソファに腰かけている。
カトリーヌはじろじろと子どもたちを見回す。
「教皇様の頼みでしたら喜んで」
カトリーヌは満面の笑みを浮かべ、二人の子どもたちの頭を撫でている。
「うちの子はみんな大きくなってしまったから、夫の世話ばかりでつまらないと思っていたところなのよ。さあ、あなたたち、今日からわたくしをマンマと呼んで、遠慮なく甘えてちょうだい」
「ありがとう、カトリーヌ枢機卿」
アグラダはほっと胸をなで下ろす。
イヴンは真面目な顔をして、書類を取り出す。
「では、こちらが二人の身分保証書と、養子縁組の関係書類です」
書類をカトリーヌに手渡す。
カトリーヌは唇を尖らせる。
「んもう、養子縁組は書類上の手続きが面倒臭いのよね。もう少し簡略化できるよう、法を改正しようかしら」
書類にざっと目を通し、テーブルの上に放る。
豊満すぎる胸で、子どもたち二人を抱きしめる。
「今晩は、兄弟や親戚を呼んでパーティーを開かなくっちゃ。あなたたち、何が食べたい? わたくしこう見えて、料理は得意なのよ? 食べたいものがあれば遠慮なく言ってちょうだい」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられ、ファティマもムスタファも苦しそうだった。
アグラダはそんな子どもたちを温かい目で見守っていた。
そんな時、突然ノックもなしに居間の扉が開かれる。
「かあさーん、わしのズボンどこか知らんか?」
上にシャツを着たトランクス一丁の初老の男性が扉から顔を覗かせる。
イヴンはぎょっとして初老の男性を見る。
「あぁ、これはジュリアーニ枢機卿。久しぶりだね」
アグラダはカトリーヌの夫、ジュリアーニに笑顔で応じる。
「おぉ、これはこれは教皇様。お久しぶりでございます」
ジュリアーニはトランクス一丁で部屋に入ってくる。
その後ろからカタリナの声が聞こえる。
「お父さん、ズボンはここよ。今日は教皇様もお見えになっているのに、そんな恰好で出歩かないで」
ズボンを手にしたカタリナが追ってくる。
「いや、わたしは気にしないよ」
アグラダは平然と答え、お茶菓子に手を伸ばす。
夫を振り返ったカトリーヌが子どもたちを抱きしめたまま、ものすごい形相で怒鳴る。
「ちょっとあなた。何て格好でいるんですか! だからあなたはアヴィニョン枢機卿に馬鹿にされ、ケルン枢機卿にたしなめられ、ブルゴス枢機卿に呆れられるんですよ? 少しはカノッサ家の誇りを持って振る舞っていただきたいですわ!」
部屋の空気を震わせるほどの大声で怒鳴る。
アグラダはお茶菓子とお茶を飲みつつ、のんびりと答える。
「わたしなんて、四名家にいつも呆れられているよ。少しは教皇らしく威厳をもって振る舞うように、とね」
ジュリアーニは拗ねた様子で、アグラダの隣に座る。
「どうせわしは入り婿だし。分家筋だし。立場弱いし。奥さん怖いし。元々そんなに有能じゃないし」
ぶつぶつと文句を言う。
「父さん、とりあえずズボンだけははいて。父さんのせいで、カノッサ家に悪評が立って、私がお嫁に行けなくなってもいいの?」
カタリナは父ジュリアーニにズボンを手渡す。
「カタリナをお嫁になんて、わしはそんなすぐに行かせるつもりはないんじゃがなあ」
ジュリアーニはソファに座りつつ、ズボンに足を通す。
顔を上げ、娘カタリナの顔を見る。
「それともまさか、カタリナは既に心に決めた相手がいると言うのか?」
その言葉にカタリナはぱっと頬を赤らめる。
「あ、あの人は、私の家の評判がどうであろうと、気にしないと言ってくれたから。父さんには、まだ、紹介していないけれど」
ジュリアーニは恥じらう娘の姿を見て絶叫する。
「カタリナ――! お前だけは、もう少し父さんのそばにいてくれると信じていたのに!」
「うるさいわよ、あなた! 娘はいつか嫁に行くもんでしょう!」
カトリーヌは夫を叱責する。
ジュリアーニの隣に座るアグラダは、のんびりとお茶を飲んでいる。
「娘を持つのも、大変だなあ」
その時はまさか、アグラダ自身も後々娘を持つことになるとは思わなかった。
そして娘の結婚が決まった時などには、ジュリアーニとまったく同じ反応をするとは、その時は夢にも思っていなかった。
「じゃあ、今夜のパーティーの準備をしないといけないわね。早速で悪いのだけれど、子ども達二人はカタリナと料理の準備を手伝ってもらえるかしら?」
カトリーヌは二人と目線を合わせ、諭すように言う。
「よ、よろしくお願いします」
「はい、喜んで」
ファティマは緊張した面持ちで、ムスタファはうれしそうに返事をする。
「台所はこっちよ。あなたたちには野菜の皮向きを頼もうかしら」
カタリナが二人の肩に手を置き、部屋の外へ連れて行く。
部屋にはアグラダとイヴン、カトリーヌと夫ジュリアーニが残された。
カトリーヌはさっきまで浮かべていた笑顔を引っ込め、真面目な顔をする。
「それでは教皇様、二人を引き取る代わりと言っては何ですが、一つ頼みたいことがありましてね」
アグラダは小さくうなずく。
「わたしに出来ることかな? カトリーヌ枢機卿なら、わたしに頼まなくても、大体のことは自分でやってしまいそうだが」
カトリーヌは口に手を当てて笑う。
「まあ、教皇様ったら。わたくしを買いかぶり過ぎですわ」
「そうかな? わたしは素直に思っていることを言ったまでだが。無能なわたしとは違って、カトリーヌ枢機卿は有能だから」
「あら、教皇様は普段その力を出さないだけで、わたくしたち四名家が束になっても敵わないほどのお力を持っていらっしゃると思いますが。わたくし、いつも教皇様の情報収集能力には驚嘆しておりますの」
「カトリーヌ枢機卿こそ、わたしを買いかぶり過ぎだよ。わたしはどこにでもいるただの温厚な爺だ。隙あらば仕事をさぼろうと考えているのだからね」
「まあ、教皇様ったら」
アグラダとカトリーヌの二人は穏やかに笑っている。
その傍らでイヴンとジュリアーニははらはらとして見守っている。
二人とも表向きは笑顔で対話しているが、お互いに腹の底を探っているように思えた。
「それで、頼みと言うのは、このカノッサ沿岸に出る空賊のことなのですけれども」




