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教皇様の千年日記  作者: 深江 碧
三章、教皇様の昔語り
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教皇様の昔語り12

 葬儀が終わった後、近くの住人たちはそれぞれの家に帰って行った。

 墓場にはアグラダの他に、幼い姉弟が佇んでいる。

幼い姉弟はブゾーニ司祭の墓石のそばからいつまでも離れようとしない。

幼い姉弟は暗い顔でじっと彼の墓を見下ろしている。

アグラダがぼんやりと二人を眺めていると、普段通りの大司祭の服装に戻ったイヴンがこちらへと歩いて来る。

小声でささやく。

「教皇様、あの二人の出自を調べたところ、彼らは某国からの不法難民です。両親をはじめ、彼らの親類縁者は内戦のため皆生きているかどうかもわかりません。彼らは正式な手続きをしてこの国に入国したわけではありません。もしこのことが中央に知れたら、彼らは内戦の起こっているあの国に連れ戻されることになるでしょう」

「そうか」

アグラダは青い目を細める。

イヴンは神妙な顔で尋ねる。

「いかがいたしましょうか?」

 イヴンの問いに、アグラダは青い目を細める。

 彼らを自分の本当の子どもたちのように可愛がっていたブゾーニ司祭のことを思う。

 ――お前は天の国に旅立ったが、我々は生ある限り我々の道を進まねばならない。死者よりも生者を優先しろと、お前は言うのだろうな。

 アグラダはイヴンに返事をする代わりに、ブゾーニ司祭の墓の前にいる二人の元へ歩いていく。

「二人はこの後、行く場所があるのかい?」

 アグラダは穏やかな声でファティマとムスタファの姉弟に語りかける。

 泣き腫らした赤い顔のファティマは黙って首を横に振る。

「ううん。ブゾーニ司祭様に引き取られるまで、二人で両親を探してあちこちを転々としていたの。故郷の家は燃えてしまって、国は内乱の真っただ中で戻ることもできないの。あたしたちは、どこにも行くあてはない」

 ムスタファはファティマの手をぎゅっと握る。

「ぼくたち、ブゾーニ司祭様に会うまで、ずっと二人だけで生きてきた。大人の人に何度も騙されかけて、命からがらこの国にたどり着いたんだ。でもこの国に来て、ブゾーニ司祭様と奥様と出会って、世の中にはこんなすばらしい人がいるんだと思って、とてもうれしくなった。将来はぼくらもブゾーニ司祭様と奥様のように、すばらしい人間になろうと思ったんだ。でもぼくたちが来て間もなく、奥様は亡くなり、ブゾーニ司祭様までいなくなってしまった。じきに、この教会には新しい司祭様がやってくるんだよね? この教会に留まって、ブゾーニ司祭様や奥様のお墓を守ることは、もうできないんだよね?」

 ムスタファが顔を上げ、真っ直ぐにアグラダを見つめる。

 アグラダは笑う。

「それは、二人次第だろう。確かにこのままこの教会に留まることはもう出来ないが、もし二人が聖職者を目指すなら、もう一度この教会に戻って来たいと願うなら、戻ってくることは出来るかもしれない」

「本当?」

 ファティマがすがるような目でアグラダを見つめる。

アグラダは笑顔で言い添える。

「もし二人が構わないのならば、二人の面倒を見てくれる世話焼きな女性を知っているのだが。その女性はかなりのおせっかいで色々と口やかましいが、きっと二人を自分の子どもたちと同じように大切にしてくれるだろう。その女性は、もし二人が勉強をしたいと言うならば、学校に通える援助もしてくれるだろうし、ブゾーニ司祭や世話になった奥さんの墓を一緒に守って行きたいと言うのならば、司祭になる学校も紹介してくれるだろう。もちろん、二人にその意思があれば、の問題だが」

 二人は目を丸くしてアグラダを見ている。

「そんな住む場所があって、食べる物があるだけでもぜいたくなのに。学校に通うなんて夢みたいなこと、願ってもいいのですか?」

 ファティマは気まずそうにアグラダから目を逸らす。

「クリスティーノ様。ぼくも勉強すれば、ブゾーニ司祭様のような立派な司祭様になれますか? 困っている人たちの力になれますか?」

 ムスタファは泣きそうな目で真っ直ぐにアグラダを見上げる。

 アグラダは穏やかに微笑んでいる。

「二人に強い気持ちがあるのなら、それも夢ではなくなるかもしれないな」

 ムスタファは目に溜まっていた涙をぬぐう。

「ぼく、行きます。いつかブゾーニ司祭様のような立派な司祭様になって見せます!」

「そうか」

 アグラダは青い目をわずかに細める。

 次いでファティマを見る。

「ファティマはどうする? ここラスティエ教国では、女性は男性と同等の教育を受ける権利がある。女も聖職者になることが出来る。ファティマが望めば、学校に通うこともできるし、ブゾーニ司祭のように司祭になることだって出来る。女性にだって無限の未来が広がっている」

「あ、あたしは」

 ファティマはうつむいている。

 ムスタファと違って、すぐに決断できないようだった。

 アグラダは肩をすくめる。

「まあ、すぐに決断してもらうのは早急過ぎるな。とりあえず、二人の世話をしてくれる女性の元へ行こう。彼女はここティワンからそう遠くない場所に住んでいる。空船を使えばすぐに到着するだろう」

 アグラダは少し離れた場所に控えるイヴンを振り返る。

「既に空船の準備は出来ております。教会のそばの空き地に停泊しています」

 イヴンはうやうやしく頭を下げる。

「うん、いつもありがとう。イヴン」

 アグラダはイヴンに言って、二人の肩に手を置く。

「二人とも、空船に乗るのは初めてかい? 空船酔いは大丈夫かい? そんなに揺れないとは思うが、気持ち悪くなったらすぐに言うんだよ?」

 またまた目を丸くする二人に、アグラダは先に立って歩き出す。

 ファティマとムスタファは背筋を伸ばし、そろって頭を下げる。

「クリスティーノ様、ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

「二人とも、大げさだなあ。わたしは人として当然のことをしたまでだよ」

 アグラダはイヴンの隣を通り過ぎる。

「あの二人の不法滞在を見過ごしてよろしいのですか? このことが知れたら、あなたよく思っていない者たちから、一斉に追及が来ますよ?」

 アグラダは小声で返す。

「あの二人が不法滞在だと言うのなら、文句のない正式な書類をそろえて、申請し直せばいいんだよ。幸いこれから会いに行く女性は、そういった手続きが得意だから、彼女に任せておけば万事上手くいくよ」

 平然とした顔で歩いていくアグラダに、イヴンは渋い顔で追いかける。

 少し後ろを幼い二人が必死について来る。

「そんなに上手くいくものでしょうか?」

 溜息一つ、イヴンはひっそりとつぶやいた。

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