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教皇様の千年日記  作者: 深江 碧
三章、教皇様の昔語り
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教皇様の昔語り11

 それから三日後、ブゾーニ司祭の葬儀がしめやかに執り行われた。

 ブゾーニ司祭はそのまま目覚めることなく最期を迎えた。

 その死に顔は安らかだった。

 司祭を慕う葬儀の人々の列に、小さな姉弟の姿もあった。

「ブゾーニ司祭様~!」

「ブゾーニ司祭様、お体はまだ大丈夫だって、言ってたのに」

 弟のムスタファは大声を上げて泣き叫び、姉のファティマは必死に大声を上げまいと目に大粒の涙をにじませていた。

 ブゾーニ司祭の葬儀は近隣の司祭を呼ぶ必要もなく、そこに居合わせた若き大司祭イヴンが執り行うことになった。

「何で私が、こんなところまで来てこんなことを」

 イヴンは文句を言いながらも、生来の生真面目さゆえ、きっちりと教義通りに葬儀を進めた。

 手抜かりは一つもなかった。

 近隣に住む住人も、その年若い大司祭の真面目な青年に好意を持ってくれたようだった。

 特に中年女性からの人気が高く、

「次はイヴン大司祭様がこの教会を管理してくれればいいのに」

 葬儀に参列した人々の間からささやかれる不謹慎な声を、イヴンは葬儀の間中黙殺していた。

 ブゾーニ司祭の遺体を清め、花を手向ける時になって、姉のファティマがアグラダに声を掛けた。

「クリスティーノ様、これを」

 ファティマは泣き腫らした赤い目でアグラダを見、手を差し出した。

「これ、昔ブゾーニ司祭様から預かったの。もしもブゾーニ司祭様に何かあれば、クリスティーノ様にお渡しするようにと言われていて」

 アグラダは手渡されたそれを受け取る。

 それは手の平に収まるくらいの小さな手帳だった。

 アグラダは葬儀の列から離れ、教会の中庭の木立の陰でそれを開く。

 最初の頁を開くと、ある言葉が書かれている。

『政治は政治家に、宗教は宗教者に、国は国民にゆだねるのがもっともふさわしい』

 それは若かりしブゾーニ大司教が、人々に熱く語りかけた言葉だった。

 あの内乱が起こった以来、その言葉は滅多に聞かれなくなった。

 ブゾーニ大司教の演説に熱狂していた人々も、熱が冷めたように冷淡になっていた。

 アグラダはぱらぱらと手帳の頁に目を通し、中身を読み進めた。

 手帳は手書きで、見慣れたブゾーニ大司教の丁寧な文字で書かれていた。

 その手帳には、内乱の内実だけでなく、それに至るまでのブゾーニ大司教の心境の機微が書かれていた。

 その当時、聖職者の間で汚職や賄賂が横行していた。

 ブゾーニ大司教は、彼らにそれをたしなめたが聞く耳を持ってくれなかったことが書かれていた。

 憤りを覚えたブゾーニ大司教は、志を同じくする人々と、その陳情を国に訴えることを考えた。

 最初は小さかった声は、次第に大きくなり、多くの人を巻き込んでいった。

 膨れ上がった群衆は次第に統制を失い、ついには軍とぶつかることになる。

 どちらが撃ったかわからない銃声で口火は切られ、群衆と軍とのぶつかり合いになってしまった。

 軍の中に幾人かの死者と、民衆と軍の両方に多くの怪我人が出た。

 ブゾーニ大司教はそこでようやく自分の行動の軽率さに気が付いた。

 もはや群衆は自分のあずかり知らないところで暴徒と化していたのだ。

 ブゾーニ大司教は自分の罪深さを認め、志を同じくする人々と共に監獄に入れられた。

 それ以来、ブゾーニ大司教の手帳には懺悔の言葉がつづられている。

『天空神ラスティエよ。どうか私の罪をお許しください。あの時の私は、浅はかで無分別でした。私のせいで死ななくてもいい命が失われ、多くの罪もない人々が傷つきました。私がもっと別の方法を取っていれば、彼らの命は助けられたかもしれません。どうか罪深き私をお救い下さい』

 アグラダは手帳に何度も書き殴られたその言葉に、黙って目を通していた。

 手帳に書かれたことはアグラダが長年、知りたいと思っていたことだった。

 かつて首都を乗っ取り、国の機能が失われそうになったあの暴動の引き金を作った男が胸の内を書いた手記だった。

「ブゾーニ、お前は最後まで仲間をかばい、真意を語らないという彼らとの約束を守ったのだな。誰かに罪を着せることなく、自分がすべての罪をかぶって、最後まで生き通したのだな。できれば、お前の口から直接話してもらいたかったが、それも叶わなかったな」

 アグラダは手帳を閉じ、小さく息を吐き出す。

 手帳を懐へとしまう。

 ブゾーニ大司教の内乱の後、聖職者に対する引き締めは強くなり、腐敗や汚職を厳しく取り締まるようになった。

 一方で法術を扱えない不適格者に対しては、規制が緩まり、就ける職業の幅が広がった。

 より国民の意見を政治に反映するためにも、ラスティエ教国内で聖職者と民衆がお互い歩み寄る姿勢に動いて行った。

 アグラダは中庭の木陰から出る。

花を持ち、ブゾーニ司祭の横たわる花に満たされた棺の中へと入れる。

「お前は、あの時すべてを見通していた訳ではないだろう。しかし結果として、お前のおかげで様々なことが変化した。お前は自分のしたことは間違っていた、と言うかもしれないが、その後に続く多くのものを残して行ったのだな」

 アグラダは青い目を細め、ブゾーニ司祭の安らかな死に顔を見下ろす。

 やがて棺は閉められ、住民たちの手により棺が運び出される。

墓場の深い穴の中に降ろされ、上から土をかけられる。

「かの者は、天空神ラスティエの御許へと旅立った。かの者が天の国で安らげるよう、我々見送る者は強い心でもって、かの者を見送らねばならない」

 イヴンの祈りの言葉を聞きながら、ブゾーニ司祭の入った白い棺が埋められるのを黙って見下ろしていた。

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