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教皇様の千年日記  作者: 深江 碧
三章、教皇様の昔語り
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教皇様の昔語り10

ネリウス役の男は、練習の休憩中に話した穏やかな態度と、舞台の上では大違いだった。

 完全に悪役になり切っている。

 アグラダ役の青年が叫ぶ。

「この世は誰のものでもない。天空神ラスティエがお造りになったものだ。人の手でどうにかしていいものでは断じてない!」

 劇を見ているイヴンは、本物のアグラダにももう少しこの熱意と言うものがあればと、溜息をつく。

「がんばれー、悪い奴をこらしめろー」

「負けるな、アグラダ!」

 隣の席では、ファティマとムスタファがアグラダ役の青年に歓声を送っている。

 小さい頃から聖人劇を見て育った子ども達が、実際のアグラダと会ってどんな反応を見せるか。

イヴンも実際の落胆した経験がある以上、あまり子ども達に夢を与え過ぎないように劇団に言い含めておきたかった。

 劇は進み、異民族やラスティエ教徒たちをまとめたアグラダは、ついに炎に包まれた宮殿の王座の間に暴君ネリウスを追いつめる。

「これまでだ、ネリウス。観念しろ!」

 アグラダの背後には頼れる仲間達が大勢いたが、王宮で暴君ネリウスに味方する者はだれ一人いなかった。

 ネリウスは高笑いをして、天に拳を振り上げる。

「ふはははは、何と愚かな人民どもよ。余は絶対神ティワンに選ばれた者。この世の富と栄華をすべて極めし者。余の意志は神の意志、絶対的に正しく、間違いは決して起こらない。絶対神ティワンに弓弾くお主らに、神の裁きを!」

 そう高らかに叫ぶと、天から一筋の雷が落ちてくる。

 雷は暴君ネリウスの体を貫いた。

 物凄い光と爆音が舞台中に鳴り響いた。

 再び静まり返った舞台の上で呆然とする一同。

 暴君ネリウスの体がゆっくりと崩れ落ちる。

「な、なぜだ? 何故、余が神の雷に撃たれねばならぬのだ。神に背いたのは彼の者ぞ。奴らを何故うち滅ぼさぬのだ」

 二度三度と落ちる神の雷に、暴君ネリウスもようやく神の意志に気が付いたようだった。

「ま、まさか、間違っていたのは余の方だったのか? 神の意志に背いていたのは、余だったのか?」

 イヴンは劇を見て、冷静に分析する。

「劇の終盤の、暴君ネリウスの死に際は色々な脚本があるのですね。私の見た聖人劇では、信頼していた臣下に刺される最期でしたが」

 感心したようにうなずく。

 そばに座っていたサスキアが口に指を当てる。

「しっ、静かに、イヴン大司祭。いま、いいところなんですから」

 舞台の上で暴君ネリウスが絨毯の上に崩れ落ちる。

「余が、間違っていたのか」

 暴君ネリウスはそれを最後にこと切れる。

 アグラダ役の青年は、暴君ネリウスの亡骸に近寄る。

 そのまぶたをそっと閉じてやる。

「せめて、最後に自らの過ちに気付けたのが幸いと言えよう」

 青年は胸に手を当てて、天空神に祈りを捧げる。

 集まった異民族の首領やラスティエ教徒たちを見回し、高らかに宣言する。

「私は、ここに新しい国を打ち立てようと思う。誰もが幸せに暮らせる国を、飢えや争いの起こらない平和な国を、誰もが安らいで労わり合って暮らせる国を、ここに打ち立てることを誓う」

 集まった部族長や教徒の人々は歓声を上げる。

 人々の喜びに包まれ、舞台は幕が降りる。

 それを見ていた人々から盛大な拍手と歓声が沸き起こる。

 ファティマとムスタファも精一杯手を叩いている。

「本当は、ラスティエ教国の建国は、もう少し先なのですが」

「それは、それ。これは子ども達にもわかりやすいように作られた劇なんですから」

 イヴンは口を尖らせ、サスキアがそれをなだめている。

 幕が開き、それぞれの役を演じた劇団員たちが現れる。

 拍手の渦に包まれ、劇団員たちは頭を下げる。

 盛況のうちに劇は終わり、祭りの夜はふけて行った。

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