教皇様の昔語り9
かつて三十年前のお前の呼びかけに呼応して、ラスティエ教国各地で暴動が起こった。
今の聖職者を優遇する社会体制に、不満を持つ人々が起こした暴動だった。
ラスティエ教国の首都セラフでも、多くの人々が宮殿に押し寄せた。
その暴動によって、街で法術戦が行われ、多くの怪我人が出た。
あれだけの被害が出たのに、街の者たちに死者が出なかったのが、幸いと言っていいだろう。
一方、暴動を誘発した者はただでは済まなかった。
皆捕えられ、終身刑を言い渡された。
内乱の首謀者であるお前は捕縛され、わたしの前に連れてこられた。
どうして内乱を計画したとわたしが尋ねても、お前は何も答えなかったな。
ただ黙り込んでいたな。
お前を極刑に、という声が人々の間から上がったが、わたしは迷っていた。
お前があんなことを仕出かす以上は、重大な理由があったことだろう。
わたしは内乱を起こしたお前の真意が知りたかった。
お前は二十年間の投獄にも関わらず、あくまで口を割ろうとしなかった。
沈黙を守り続けた。
最後はお前は恩赦によって牢獄から出されたが、こんな片田舎の教会で司祭として毎日を送る日々に対しても、お前は文句ひとつ言わなかったな。
アグラダは窓の外を仰ぎ見る。
どこまでも澄み渡った青い空と白い雲が目にまぶしい。
アグラダは青空のように澄んだ瞳で彼方を見上げる。
太陽のまぶしさに目を細める。
「空が、きれいだな。空は、あの時と何も変わっていない。ネリウスが生きていた七百年近く前のあの頃と、そして初めてお前と出会って祭りの屋台を巡った六十年近く昔と、そしてこうしてお前と話している今現在と。あの頃から天空神ラスティエは変わらず天上におわし、空の座から常に我々を見下ろしている」
アグラダは歌うように言う。
「そうで、ございますね」
ブゾーニ司祭はかすれた声でつぶやく。
その瞬間、口を押え咳き込む。
押さえた指の間から赤い飛沫が飛ぶ。
アグラダは言葉を失う。
ブゾーニ司祭はぜいぜいと小さな背中を震わせる。
「妻と、同じ病です。わたくしも、そう、長くはないでしょう」
胸元を赤く染め、ブゾーニ司祭は苦しげに笑う。
「どうか、教皇様。わたくしのことは、あまりお気になさいませんように。あの時のことは、仲間の名誉がある故、わたくしも話すことはできません。あの真実はおそらく時が解決してくれるでしょう」
ブゾーニ司祭は背中を丸め、床に崩れる。
アグラダはその枯れ木のような体を支え、大声を上げる。
「誰か、早く来てくれ! 誰か!」
祭りで人の少なくなった教会の一室で、必死に声を張り上げた。
教会の舞台では、聖人劇が演じられていた。
八信徒の一人、聖人アグラダが反乱軍を率いて、ログゼ帝国の首都ティワンにある宮殿に攻め上る。
炎に包まれた宮殿の一室で暴君ネリウスと対峙する劇の終盤の場面、イヴンはファティマとムスタファ姉弟を連れて、演劇を眺めていた。
「まったく、どうして私が子守りなどを」
イヴンはぶつぶつと文句を言う。
姉弟は劇に集中して聞いていなかったが、子どもたち二人の隣にはサスキアが座っている。
教会で配るお菓子を焼くために、今までずっと厨房にこもっていたのだ。
ようやくお菓子を配り終わり、こうして気ままに祭りを楽しむことが出来るようになったのは夕方近くになってからだった。
サスキアはくすくすと笑う。
「あら、イヴン大司祭は子守りがお得意ではないのですか? だっていつも、教皇様のお世話をなさっておいでではないですか」
イヴンは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「教皇様は、小さな子どもとは違います。子どもとは違い、ちゃんと理由あっての行動です」
舞台の上では、燃えるティワンの街並みのセットを背景に、りりしいアグラダ役の青年と、見るからに悪人面の暴君ネリウス役の男とが対峙している。
「もうこれ以上、無慈悲な真似はやめるんだ、暴君ネリウス!」
「無慈悲な真似とは、どのようなことだ? 皇帝である父を暗殺したことか? 母と妻を処刑したことか? ラスティエ教徒を見せしめで殺したことか? 首都ティワンに火を放ったことか? どれも些末なことにすぎぬ。余にとっては、つまらぬ余興だわ。暇つぶしにもならぬわ」
ネリウス役の男は獅子のマントをひるがえし、高笑いをする。
「余は、このログゼ帝国の皇帝。絶対神ティワンに選ばれ、地上を任されし者。この地上は天の代行者である余の物。このログゼ帝国や、その人民を好きなようにして何が悪い。余の好きなようにして何が悪い!」




