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教皇様の千年日記  作者: 深江 碧
三章、教皇様の昔語り
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教皇様の昔語り5

 そこで急に思い出したように、アグラダは話題を変える。

「そう言えば、細君は元気か? 昔食べた細君の手作りパイは絶品だったな」

 ブゾーニ司祭は穏やかに笑っている。

「妻は、去年亡くなりました。教会のことはファティマとムスタファが手伝ってくれているので、生活に支障はありませんが。元はと言えば、ファティマに料理を教えたのも妻でした」

 アグラダはぐっと悲しい気持ちを飲み込む。

平静を装って答える。

「そうか」

 泣きたい気持ちを我慢して、無理に笑顔を作る。

「またあの手作りのパイが食べたかったのだが、残念だ」

 長年連れ添った細君に先立たれたブゾーニ司祭に比べれば、アグラダの悲しみなど、どれほどのものでもないだろう。

 こういう時にうまい言葉が出てくればと、アグラダは常に思う。

 ブゾーニ司祭の悲しみを和らげてやることができれば、どんなにいいか。

 不器用なアグラダには、ただ黙っていることしかできなかった。

 ブゾーニ司祭から視線を逸らし、白い天井を見上げる。

 窓の外の緑の庭を眺め、遠くに見える雲海に目を向ける。

 昔を懐かしむように青い目を細める。

「いつも、ネリウス皇帝の劇を見るたびに思い出すことなんだが。もしもわたしがあの時ネリウス皇帝を止めることが出来たら、彼はここまで悪名高い皇帝として後世に名を残さなかったかもしれない。もしかしたら、名君として後世に語り継がれる存在になっていたかもしれない。あの大虐殺は止められていたかもしれない」

 アグラダは白い雲海からゆっくりと視線を戻す。

 目の前に座るブゾーニ司祭を見て、困ったように笑う。

「よかったらわたしのつまらない昔話に、旧友として付き合ってもらえないだろうか」

 杖を手に持つブゾーニ司祭は、大きくうなずく。

「教皇様の昔話など興味深い。それはぜひ、聞かせてもらいたいものです」

 雲海からの強い風が窓のガラスを揺らし、通り過ぎる。

 部屋は再び静まり返り、眩しいぐらいの青空が窓の外にどこまでも広がっていた。

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