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教皇様の千年日記  作者: 深江 碧
三章、教皇様の昔語り
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教皇様の昔語り3

「や、やめてくれ。元はと言えば、わたしの力が足りなかったばっかりに、お前をこんな目に会わせてしまったのだ。わたしがあの時、皆を説得できていれば。お前の真意をちゃんと伝えられていれば。お前は誤解されずに済み、今も中央で高い地位に就いて、後進の指導をしていただろうに」

 アグラダは青い目を伏せる。

 頭を下げる。

「本当に、すまない」

 それにはブゾーニ司祭が恐縮する。

「どうか、頭を上げてください、教皇様。あれは血気盛んなわたくしめの仕出かしたこと。教皇様が謝ることなど、何一つないのです」

「しかしわたしの力が足りないばかりに、お前を中央から左遷する結果となってしまった」

「いえいえ、わたくしめの力不足でありますよ。わたくしが浅はかでありました」

 お互い頭を下げ合う。

 アグラダとブゾーニ司祭はそろって困った顔をする。

「お前は昔と変わらないな」

「教皇様こそ、以前とまったくお変わりなく」

 そろって笑う。

 そんな時、部屋の扉を叩く者がいた。

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

 扉の外から少女の声が聞こえる。

 ブゾーニ司祭は扉を振り返る。

「あぁ、ファティマ。お入り」

「失礼いたします」

 扉を開け、部屋の中にかしこまって入ってきたのは少年と少女だった。

 少女が茶器の乗った盆を持ち、少年がお菓子の乗った皿を持っている。

 寝台のそばのテーブルの上に置く。

「ムスタファも一緒か。こちらはわたくしが世話をしている姉弟で、隣国で内戦があって、家族と離れ離れになってしまい、この教会に身を寄せているのです」

「ファティマです」

「ムスタファです」

 少年少女はそろって頭を下げる。

「こちらはわたくしの古い知人の」

 ブゾーニ司祭はそこで言葉を切る。

 アグラダに困ったように視線を投げかける。

 アグラダはにっこりと笑う。

「クリスティーノだ。よろしく」

 いつも宮殿の外で使っている偽名を名乗る。

 たいていの場合はアグラダの本名を聞いても、かつての八信徒の一人にあやかってつけられた名前だ、くらいにしか思わないが、中には妙に勘ぐる連中もいる。

 深く追及されるのも面倒なので、アグラダは外ではできるだけクリスティーノの名前を名乗っていた。

「クリスティーノ様ですね?」

 弟のムスタファが顔をほころばせる。

「クリスティーノ様、ようこそおいでくださいました」

 姉のファティマが舌っ足らずに感謝の意を述べる。

 テーブルの上のカップを取り、温かいお茶を注ぐ。

「クリスティーノ様、どうぞ」

 ソーサーに乗せて、アグラダに差し出す。

「クリスティーノ様、お菓子もどうぞ」

 ムスタファもお菓子の皿をアグラダに差し出す。

「これはこれは」

 アグラダは笑顔で肩をすくめる。

「まるで皇帝陛下にでもなったような気分だな」

 精一杯の様子の少年少女に、アグラダは大仰に驚く。

「では一ついただこうか」

 そう言って、ムスタファの持つお菓子の皿から焼き菓子を一つ取る。

 ファティマの差し出した湯気の立ち上るお茶のカップを受け取る。

 ブゾーニ司祭も姉弟の様子を見て、満足そうにうなずく。

 アグラダは焼き菓子を一口かじり、目を丸くする。

 オレンジの香りが口の中に広がる。

 もぐもぐと口を動かし、ごくりと飲み込む。

「この焼き菓子はうまいな。一体誰が作ったんだ?」

 アグラダが尋ねると、ファティマがおずおずと手を上げる。

「あ、あたしです」

 食べることが好きなアグラダは、世界各国の料理に興味がある。

そのため焼き菓子の珍しい味が気になり、ファティマに尋ねる。

「この焼き菓子は今までに食べたことの無い味だが、材料に特別なものを使ってるのか? どこかの郷土菓子なのか?」

 矢継ぎ早に質問するアグラダに、ファティマは戸惑いながら答える。

「えぇ、あたしの家で母さんが作っていたのを見よう見まねで作ったんです。でも、材料が足りなかったから、代わりにオレンジを使ってみたんです。本来ならばエガバという故郷で取れる果物を使うのですが。ここでは手に入らなくて」

 申し訳なさそうに言う。

「そうか」

 アグラダは焼き菓子を二口三口で食べきり、白いカップになみなみとある赤い紅茶をすする。

「うん、うまいな。珍しい味だが、これも手作りの紅茶なのか?」

 今度はブゾーニ司祭に話を振る。

 ブゾーニ司祭はうなずく。

「はい。この紅茶は教会の庭で育てているお茶の木から摘んだ茶葉で作った紅茶です」

「ぼくも手伝いました」

 ムスタファが誇らしげに手を上げる。

 アグラダは姉弟の顔を見回す。

「そうかそうか。二人とも普段からブゾーニ司祭の手伝いをよくしているようだな。感心感心」

 そう言って、アグラダは懐を探る。

 いつも懐に入れている財布から、二十ティス取り出す。

 姉と弟にそれぞれ十ティスずつ手渡す。

「これは二人が普段からいい子にしているご褒美だよ。今日は街はお祭りで屋台も出ていることだろうから、これで何か買って来るといい。ただし、夜に演じられる聖人劇までには教会に帰ってくるように」

 十ティスずつ受け取った姉弟は顔を見合わせる。

 そろそろとブゾーニ司祭の顔色を窺う。

 ブゾーニ司祭は笑顔でうなずく。

「いいだろう。行って、楽しんできなさい。ただし、無駄遣いはするんじゃないぞ」

 姉弟の顔がぱっと輝く。

「ありがとうございます、クリスティーノ様」

「ありがとうございます、ブゾーニ司祭様」

 二人は礼を言って、部屋を出て行った。

 少年少女の軽い足音が遠ざかり、部屋は急に静かになった。

 部屋にはアグラダとブゾーニ司祭だけの二人が取り残される。

 ブゾーニ司祭が口を開く。

「お付きの方にずいぶんと手酷くやられたようですね」

 寝台に横たわるアグラダを見て笑う。

 アグラダは大仰に頭をさすって見せる。

「そうだ。まったくイヴンときたら、手加減というものを知らなくて困る。たまにはわたしも羽目を外したい時だってあると言うのに」

 ブゾーニ司祭がやんわりとなだめる。

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