エンジェルワークス
同名の小説がありますが、こちらが最初に考えていたものです。
せっかくと思い連載ではなく短編としてあげさせていただきました。
どうぞよろしくお願いします。
俺は死んだ。
道路で、車に引かれて。
しかも、自分の不注意、信号無視で。
自業自得だ。文句なんかない。わりと聞き分けは良いほうだ。
だから、今この状況には、結構戸惑いを隠せない。
「ハローワークですか」
「はい」
「なんで」
「死んだからですよ」
「答えになってないですけど」
今、俺の目の前には、スーツを着た兄ちゃんが座っている。整った顔立ちで、清潔感の感じる好青年。
ただ、少し変なところは、頭に光るわっかを乗っけていることだ。
「そんな楽に死ねると思ってるんですか? あなたは、信号無視をしましたよね」
「ああ、それが?」
「その後のことをお教えしましょう。あなた以外に25人が亡くなられるほどの事故になりました」
「マジ?」
「ええ。あなたを避けようとしたトラックがあなたを撥ねたあと歩道に突っ込みましてね。歩道を歩いていた幼稚園児10名。そして、その衝撃で倒れた電柱で他の車も事故。15名が亡くなったんですよ」
唖然としてしまう。こんな小さなことで、そんないっぱい人が死ぬなんて。
「死刑ってありますよね。あれ本当に意味ないですよ。だって、命が一つ無意味に消えてしまうんですから。つまり、あなた」
「はい」
「あなたは重い罪を背負っているのです」
つまるところ犯罪者というわけか。信号無視で人を殺してしまったと。もちろん事実なら否定はしない。
なるほど、だからそれを償えということか。
「飲み込めましたかね。なら話は早いです。これを付けてください」
「これは? あなたと一緒の」
「ええ、天使の輪です」
「まさか」
「そうです。あなたには天使になってもらい、人の役にたってもらいます」
それ以上の説明はなかった。気が付くと俺はまったく知らない場所にいた。
でも、そこは間違いなく、日本。人も普通に歩いていた。街のなかみたいだった。
「あ」
指を刺される。指すじゃなくて、文字通り刺す。背中あたりに。
驚き振り替えるとそこには少女が一人いた。
「頭にわっか乗ってる!」
指摘されて気が付く。普通に見えるのかよ! 俺の体も!
「あ、あぁ……これははやりのアクセだ」
「ださい」
「うるせえ」
「ぶっう!」
口を膨らませる少女。愛らしい表情だが、可愛げがない。
しかし、こうも簡単に見えてしまうのは如何なものか。頭にわっかのってるのを見られるのはちょっと恥ずかしいんだが。
「……でだ、お前なぜ俺についてくる?」
「さぁ? 面白いから!」
「くっ」
運良く生き返ったものの行くあて……というか目的がない。こんな小さい子がついて来られても困るだけだ。それになにも面白くない。
しばらく歩いて気が付いたが、ここ事故現場の近くみたいだな……一応様子を見に行くか。
「ねえ、どこに行くの?」
「あ? なに、近くで事故があったか――いで!!」
ついてくる少女に向かって話しかけながら歩いていると、なにかにぶつかってしまった。
「……つ、なんだ、一体……ってなにもないじゃないか」
「ねえ、どうしたのおじさん」
「なんでもねえよ、あとおじさんってのやめろ。なんかにぶつかったような気がしただけだ……って、あら?」
もう一度歩きだそうとして一歩を踏み出すものの、足が地につく前に止められた。そう、まるでそこには透明の壁があるように。
べたべたと手を伸ばして見るとまさにそこには壁みたいなものがあることがわかる。周りの人間から見れば高度なパントマイムに見えることだろう。
「おじさん面白い!」
「……まぁいい。こっちに行けないなら無理に行く必要もないか」
きっとあのヘンテコな天使の仕業だろう。事故現場には近寄るなってことか。
じゃあ今なにをしろと。
「人の役にたて、とか言ってたな……もしかして誰かの役にたてば成仏できんのか?」
「……ねえねえ」
「……」
このガキでもいいんじゃないか? ひょっとして。
「なぁ、お嬢ちゃん、なにか困ってることとかない?」
「え? なんで?」
「いやさ、お兄さん、実は天使なんだよ。だから、お嬢ちゃんの役に立ちたいの」
「ふーん。困ってることとかないけど……」
「ん?」
「今日、誕生日なの」
「ほうほう」
「それでね、海に行くって約束してた」
「……それで、行けなかったの?」
「うん、はぐれた」
「お母さんたちと?」
「……うん」
そう言えばこの娘、小さいリュックを背負ってるな。もしかして中に水着とかそういう用意が入ってるのかも。
「そう、じゃあお母さん探そうか」
「ううん、それはいい」
「なんで? お母さんとかお父さんと海に行きたいんじゃなかったの?」
「たぶんもう行っちゃったと思うから、一人で行くよ。きっと待ってる」
「そんなもんか?」
「うん!」
こいつ、寂しくないのか? 普通このくらいの年齢の子なら両親にべったりだろうに。というか、親が心配するだろうよ。
「ま、いいか。しかし、海ってこっから一番近い海岸でも結構歩くぞ?」
「そうなの?」
「そうなのって……海行ったことないのか?」
「うん」
「……」
先が思いやられるな……。
「――おじさん」
「……」
「おじさん!!」
「なんだよ」
「疲れた」
「もう何回目だよ、休憩するの。まだ半分も歩いてないぞ」
「でも疲れた!!」
歩き始めて一時間たつ。距離はけっこうあると知っていたから大丈夫か心配だったが、やっぱり少女にはキツかったか。
休憩してもすぐ休憩で、しかもスパンが短くなってきてる。このままじゃ日が暮れる。
「……しゃあない。ほら」
「ん?」
「おぶってやるよ」
「やったぁ!!」
「うおっと」
勢いよく俺の背中に抱きついてくる。首に腕をしっかりと回して落ちないように頑張っている。俺はお尻を持ち上げるかたちでおぶってやる。しかし、軽いなぁ。これなら俺でも結構歩いていけそうだ。
「おじさん、ありがとうね」
「それは海についてからな」
「うん! わかった!」
やれやれ、威勢だけはいいやつだ――。
どれくらいの時間歩いただろうか。日も傾きかけてきたころ。ついに潮の匂いが鼻をついてくるところまできた。
それにしてもこいつ、ずっと起きてたな。疲れてないんじゃないか本当は。
「おじさん、もうちょっと?」
「あぁ、いい加減降りるか?」
「うん、最後は自分で歩く」
「よっしゃ」
俺はゆっくりと降ろしてやった。半分幽霊みたいなものだからか、あまり疲れなかった。
「手」
「ん?」
「手つないで行こ!」
「恥ずかしいんだけど」
「いいの!」
「やれやれ」
小さなこの娘の手じゃ繋ぐというよりも俺の手のひらで包むという感じになる。なんというか……子供作ってから死ねたらよかったな、って思う。
お父さんって悪くない。
「聞こえるか、海の音」
「え? このザァザァいってるやつ?」
「あぁ。これが波の音だよ。さぁあと一歩だ。あのコンクリートの階段を登ればもう見えるはずだ」
「おー!」
「ちょっと走るか!」
「うん!」
仲良く手を繋いで俺たちは駆け出す。歩幅に大きな差があるから、俺は少しちょびちょび足になってしまったけど。
階段も一気に駆け上がりその景色をいっぱいに目に入れた――。
そこには夕日で照らされたオレンジ色の海が――。
「綺麗……これが海? 海って赤いんだね」
「今は特別だ。海は普段青いんだよ。曇ってたら白になる。海の色は空の色だ」
「へぇ。海って凄いんだね!」
「あぁ。でも……」
あたりを見回しても人っこ一人いない。時間が時間だから客も引いていったんだろうけど……肝心の両親たちが待っていないじゃないか。
まさか、本当に海に来ていたとしたら先に帰るわけないだろうから……やっぱりはぐれた時点で探してたんじゃ……。
「なぁ、ガキ――」
「名前、海っていうの」
「へ?」
「私の名前。海。一緒。この赤い海と。だから、見たかったの。お母さんたちは見せたかったの。誕生日の今日に。来年から小学生になるんだ。だから、記念に連れていってくれるはずだったんだ」
「いないじゃないか。勝手に来ちゃやっぱり不味かったんだろ」
「ううん。勝手にじゃないと来れないよ」
「なんで」
「なんでって……先に行っちゃったと思うから」
「は?」
「私たちって、みんな海に帰るんだってお父さんは行ってたよ」
「どういう意味だよそれ……」
「車は壊れちゃったけど、みんな歩いてきっとここまで来てるよ」
「……! ま、まさか、お前!」
「おじさん、一緒に泳ごうよ! 私、プールで練習してるから泳げるんだ」
そういって少女は砂浜へと駆け出す。キラキラと光る水面をバックに服をほっぽりだしリュックから水着を取り出しては着替えていく。こういう人目を気にしないとこは女の子とは言えやはり子供だ。
「おじさんも早く!」
「……あぁ」
気が付くと少女はいなくなっていた。そこいらにほっぽった水着、リュックもいつのまにか消えていた。
赤い水面には俺一人が残されていた。
「お勤めご苦労様でした」
声がする方向――砂浜の方を見るとあの天使がいた。
「彼女の無念は海に行けなかったことだったみたいでしたね。いやぁ、よかったです、順調に聞き出せて。さっそく役に立てたじゃないですか、人の」
「これが……俺の仕事かよ」
「ええ。放っておくと成仏出来なかった人で溢れかえるんですよ。全員を天使には出来ないし」
俺は、あの少女を成仏させるために海に連れていったっていうのかよ。それにあの娘、いや、両親たちを含めて彼女たちはたぶん……あの事故の被害者――。
「そう言えば事故現場に行こうとしてましたね。ダメですよ、あんな少女に自分の死体を見せ付けるなんて言うんですか?」
「……」
「まぁ、いいですけど。とりあえずお疲れさまです。ノルマはまだまだ残ってますので頑張ってくださいね。わかってるとは思いますけど」
そう言い残して奴は消えた。俺は虚しく砂浜へと戻る。腰を下ろして夕日を拝みながら物思いにふけていた。
が、誰かにぽんと肩を叩かれる。振り向くとそこには初老の男性がいた。
「そこのお兄さん。釣りには興味はないかね。実は今釣り友達を募集してまして……一度でいいからご一緒に――」
「……ははは、ちょうどいいですよ。ここは海ですしね。まぁ、ゆっくりしましょうよ。一度だけなんて勿体ない。もうちょっと余生を楽しんでからでも遅くはないですよ――」
俺のノルマ、たぶんあと二十人分くらい。
エンジェルワークス END
いかがだったでしょうか。
最初のほうはコミカル、後半はちょっとブラックと落差が出る小説になりました。
短編ではありますが、少しでも読者様方の記憶に残る作品になっていればと思います。
それでは御一読ありがとうございました。




