衝撃
世の中には、孟子が提唱した「人の本質は善である」という『性善説』と、荀子が提唱した「人の性は悪なり、その善なるは偽なり」という『性悪説』が存在する。人間の本質は「善」なのか、それとも「悪」なのか。世界中の識者の間で長年論争が続いてきたが、未だにその結論はでていない。なぜなら、人間の本質は、極限状態に置かれないとなかなか現れないものである。科学技術が発達し、生活が豊かになった現代社会においては、めったに人の本質を垣間見ることができないのだ。しかし、そういった極限状態は突如として訪れるものである。
その日、東京で1人暮らしをしている大学生の佐々木は自宅でサッカーの試合を観戦していた。TVの中では、日本代表の選手が右サイドを駆け上がり、ドリブルで中央に切れ込もうとした。その瞬間、相手のDFが後ろからスライディングをした。
「おいおい、今のプレーはレッドだろ!」
佐々木は画面の中の主審に怒った。そして、良い位置からのフリーキック。日本のエースがゆっくりとボールをセットする。助走をしっかりととり、ボールを蹴ろうとした瞬間、画面が切り替わった。
「全世界のみなさん。私はアメリカ合衆国大統領、ジョージ・ベストです。現在、ホワイトハウスから全世界同時生中継でこの映像をお届けしています。」
佐々木は突然の出来事に唖然としていた。そして、それと同時に嫌な予感が頭をよぎる。アメリカ大統領が全世界に向け、メッセージを放とうとしている。一体、どれほどのことなのか。見当もつかない。
「みなさん。どうか落ち着いて聞いてください。3か月前、NASAの衛星が直径150kmの移動する物体を捉えました。その段階では、その物体は地球にぶつかる可能性は皆無でした。しかし、途中で小惑星にぶつかり、その巨大隕石は軌道を変えてしまいました。端的に言います。24時間後、巨大隕石は地球に衝突します。おそらく、地球上のあらゆる生物が滅亡するでしょう。」
全世界に衝撃が走った。TV画面にはご親切なことに、巨大隕石衝突までのタイムリミットが表示されている。ほかのチャンネルも見てみたが、佐々木はノートパソコンで真相を確かめるべく、情報を求めた。Yahoo!のトップニュースに「人類滅亡まで残り24時間!」という記事がアップされていた。それをクリックし詳しい内容を読んでみる。そこには、アメリカ大統領が言ってた内容を少し詳しくしたようなことが書いてあった。佐々木の中で、人類滅亡という受け入れがたい事実が徐々に現実味を増していく。次に、YouTubeをのぞいてみる。今日の動画のコーナーに巨大隕石の動画があった。見てみると、俺の想像をはるかに超えた大きさの隕石が着々と地球に迫ってくる様子が映し出されていた。なるほど、これは無理だ。短い人生だったな。佐々木が自分の死を悟ったその時、残り時間を表示しているだけだったTV画面が切り替わった。
「国民の皆さん、こんばんは。内閣総理大臣の小河一郎です。先ほど流れた巨大隕石の知らせは事実です。ですが、絶望するにはまだ早いです。われわれは、核戦争が起こった時のことを想定して、各自治体に核シェルターをつくるという極秘計画を15年ほど前から取りかかっていました。そこに、入っていれば生存する可能性があります。しかし、シェルターの許容人数は日本全体の人口の5分の1です。そこで先ほど緊急の内閣会議を開催し、どのように生き残る人間を選別するか話し合いました。その結果、もっとも公平な方法を採択しました。これから、明朝8時にかけて全国民にこのカードを配布します。そして、明日の午後9時までに最寄りの市・区役所または町・村役場まで、5枚のカードを持っていくと核シェルターまで案内されます。ねえ、公平でしょう。」
再びTV画面はタイムリミットの表示へと切り替わった。さっきの説明からすると、少なくとも4人の人間からカードを奪わなければ生き残れない。このルールが公平?確かに、誰にでも平等に生き残るチャンスはある。そして、単純な弱肉強食の原理。現在の資本主義社会の日本では、これ以上公正なルールはないのかもな。佐々木が考えにふけっていると、家のチャイムが鳴った。出てみるとスーツの男が玄関先に立っていた。
「こんばんわー。佐々木晴彦さんでよろしかったでしょうか。」
「はい、そうですが。」
「では、こちらがあなたのカードになります。お手数ですがこちらに受け取りのサインお願いします。」
佐々木がサインをすると男は隣の部屋のチャイムへと向かっていった。佐々木は受け取ったカードをまじまじと見つめる。これを5枚集めれば生き残れるのか。だが、それは同時に4人の人間からカードを奪わなければならないことを意味していた。この極限の状況の中、佐々木は人生最大の決断を迫られることになる。TV画面に映し出されているタイムリミットは着々と減っていっている。人類滅亡まで残り13時間20分。