第9話 「五人目の候補と、揺れる気持ち」
この作品は登場人物が全員モブです。必ずモブ顔で想像してください。
調理クラブが四人になってから数日。
家庭科室は以前よりも賑やかで、笑い声が増えていた。
悠斗は料理の腕が確かで、ひよりとは中学からの知り合い。
二人の息は自然と合っていた。
真智は、そんな二人を見て嬉しそうに微笑んでいた。
一方で、壮真は、胸の奥に小さなざわつきを抱えていた。
(やっぱり・・・僕だけ、何もできていないように感じますね)
もちろん、誰もそんなことは言っていない。
ただ、悠斗の手際の良さを見るたびに、胸が少しだけ痛んだ。
その日の活動が終わり、片付けをしているとき。
家庭科室の扉がノックされた。
「・・・あの、すみません。」
入ってきたのは、同じ学年の男子生徒。
黒縁メガネに、少し猫背の 木下 和馬。
クラスでも特に目立たず、存在感が薄いタイプの男の子だ。
真智が驚いたように目を丸くする。
「木下くん・・・?」
和馬は緊張した様子で、胸の前で手をぎゅっと握っていた。
「その・・・調理クラブ、って・・・ここですよね?」
「はい。そうですよ。」
壮真が丁寧に答えると、和馬はさらに深く頭を下げた。
「ぼ、僕も・・・入れてもらえませんか?」
「えっ・・・!」
ひよりが驚き、悠斗は「おいおい」と小さく呟く。
真智は優しく尋ねた。
「木下くん、料理が好きなんですか?」
「す、好きというか・・・家で一人で作ることが多くて・・・でも、誰かと一緒に作ってみたいなって・・・それで・・・。」
声は小さいが、言葉には真剣さがあった。
壮真は静かに頷いた。
「木下さんが来てくださるなら、とても助かります。よろしくお願いします。」
「ほ、本当ですか・・・?あ、ありがとうございます・・・!」
木下は顔を赤くしながら、深く頭を下げた。
こうして、調理クラブはついに五人になった。
「これで・・・文化祭に出られますね。」
真智が胸の前で手をぎゅっと握る。
「はい。ようやく条件がそろいました。」
壮真は丁寧に頷いた。
「木下さん、手際がいいですね。」
「い、いえ・・・そんな・・・ただ、家でよく作ってただけで・・・。」
ひよりが微笑む。
「すごい・・・! 木下くん、同時に片付けも・・・。」
悠斗も腕を組みながら言った。
「まぁ・・・悪くねぇな。これで戦力は十分だろ。」
家庭科室の空気は、これまでで一番温かかった。
しかし――
その温かさの裏で、ほんの小さな“揺れ”が生まれていた。
片付けを終えたあと、真智が壮真に声をかけた。
「高杉くん、今日・・・どうしたの?」
「え・・・僕、何か変でしたか?」
「ううん。でも・・・なんだか、少しだけ元気がなかったように見えて。」
真智は心配そうに見つめてくる。
壮真は、胸の奥のざわつきを隠すように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ただ・・・木下くんもすごく手際が良くて、やっぱり僕だけ取り残されているような気がして・・・」
真智は驚いたように目を見開いた。
「前も言ったけどそんなことはないよ・・・」
「田辺さん・・・?」
「じゃあそう思うなら、今度個人練習しようよ。私が教えるから!」
その言葉は、胸の奥に静かに染み込んだ。
「!!!・・・ありがとうございます。そう言っていただけると、救われます。」
「うん。だから・・・置いてきぼりとか思わないで一緒に頑張ろうね。」
「はい。」
二人の間に、柔らかい空気が流れた。
しかし、その様子を見ていた人物がいた。
家庭科室の扉の影から、和馬がそっと二人を見つめていた。
(・・・すごいなぁ。田辺さんと高杉くんって・・・なんか、特別な感じがする)
木下は小さく息を吐き、廊下を歩き出した。
(僕も・・・あんなふうに誰かと仲良くなれたらいいな)
夕暮れの廊下に、木下の足音が静かに響いた。
こうして、“モブな僕ら”の青春は、五人がそろったことで新しいステージへ進むと同時に、小さな感情の波が静かに広がり始めた。




