第5話 「二人の秘密基地と、文化祭への誘い」
この作品は登場人物が全員モブです。必ずモブ顔で想像してください。
調理クラブの初めての活動から数日後。
放課後の家庭科室は、すっかり二人の“居場所”になりつつあった。
「高杉くん、今日は何を作りましょうか。」
「そうですね・・・田辺さんが作りたいものがあれば、それを。」
「うーん・・・じゃあ、今日は少しだけ難しいものに挑戦してみたいです。」
「難しいもの、ですか?」
「はい。クリームコロッケとか・・・どうでしょう。」
「クリームコロッケ・・・! あれを手作りするんですか?」
「ふふ、難しいけど、できたら嬉しいですよね。」
真智はエプロンをつけながら、楽しそうに笑った。
その笑顔を見るだけで、壮真の胸は自然と温かくなる。
(この時間が・・・本当に好きだな)
家庭科室の静けさ、窓から差し込む夕日、二人だけの会話。
どれもが心地よくて、特別だった。
調理が始まると、真智はいつものように手際よく動き始めた。
「まずはホワイトソースを作りますね。焦がさないように、弱火でゆっくり・・・。」
「はい。混ぜるのは僕がやります。」
「お願いします。腕が疲れたら言ってくださいね。」
「大丈夫です。これくらいなら。」
二人の距離は自然と近くなる。
鍋を混ぜる壮真の横で、真智が材料を準備する。
肩が触れそうなほど近いのに、不思議と嫌な緊張はなかった。
「・・・高杉くん、混ぜるの上手ですね。」
「本当ですか? ただ回しているだけですけど。」
「いえ、焦げないように均等に混ぜるのって、意外と難しいんですよ。」
「そうなんですね。田辺さんが教えてくださるので、僕でもできているんだと思います。」
「・・・そう言ってもらえると、嬉しいです。」
真智は少し照れたように笑った。
ホワイトソースを冷まし、成形し、衣をつける。
その間も二人の会話は途切れなかった。
「そういえば・・・。」
真智がふと、思い出したように言う。
「文化祭、どうするんですか?」
「文化祭、ですか?」
「はい。クラスの出し物とは別に・・・調理クラブとして、何かできたらいいなって思って。」
壮真は驚いた。
「文化祭で・・・料理を出すんですか?」
「うん。もちろん、まだ仮の話ですけど・・・もしできたら、すごく素敵だと思いませんか?」
壮真はしばらく考え、そしてゆっくり頷いた。
「・・・素敵だと思います。田辺さんの料理を、もっとたくさんの人に食べてもらえる機会になりますし。」
「そう言ってもらえると、勇気が出ます。」
真智は胸の前で手をぎゅっと握った。
「でも・・・まだ私たち二人だけだし、正式な部活でもないし・・・やっぱり難しいですよね。」
「いえ。難しいかもしれませんが、できないとは思いません。僕たちが本気でやりたいと思うなら、先生に相談してみる価値はあると思います。」
「高杉くん・・・。」
真智の瞳が、少し潤んだように見えた。
「・・・ありがとう。私、やっぱりやってみたいです。文化祭で、料理を出してみたい。」
「はい。僕も協力します。一緒に、実現させましょう。」
その言葉に、真智は小さく、でも確かに頷いた。
コロッケが揚がり、二人は皿を前に座った。
「では・・・いただきます。」
「いただきます。」
ひと口食べた瞬間、壮真は思わず目を閉じた。
「・・・とても美味しいです。外はサクサクで、中はとろとろで・・・こんなに美味しいクリームコロッケ、初めて食べました。」
「よかった・・・本当に、よかった・・・」
真智は胸に手を当て、ほっと息をついた。
「文化祭でも・・・こんなふうに、誰かが“美味しい”って言ってくれたらいいな。」
「きっと言ってくれますよ。田辺さんの料理なら、誰だって笑顔になります。」
「高杉くん・・・。」
その瞬間、二人の視線がふっと重なった。
夕日の光が真智の横顔を照らし、どこか儚く、美しかった。
片付けを終え、家庭科室を出るころには、外はすっかり夜の気配だった。
「今日も・・・楽しかったですね。」
「はい。とても。」
「文化祭のこと、また相談しましょうね。」
「もちろんです。僕も楽しみにしています。」
二人は並んで歩きながら、校舎を後にした。
(文化祭・・・本当にできたら、すごいことになりますね)
(高杉くんとなら・・・きっと、できる)
二人の胸の中で、同じ期待が静かに膨らんでいた。
こうして、“モブな僕ら”の青春は、文化祭という大きな目標へ向かって動き始めた。




