第9.5話 「田辺さんの家で、二人きりの料理特訓」
この作品は登場人物が全員モブです。必ずモブ顔で想像してください。
ある日の放課後。
家庭科室での活動が終わり、片付けをしているときだった。
「高杉くん・・・あの、ちょっといい?」
真智が、いつもより少しだけ緊張した声で呼び止めた。
「はい。どうしましたか、田辺さん?」
「えっと・・・その・・・高杉くん、もっと料理が上手になりたいって言ってたよね?」
「はい。皆さんの足を引っ張らないように、少しでも上達したいと思っています。」
真智は胸の前で手をぎゅっと握り、意を決したように言った。
「じゃ、じゃあ・・・うちで、一緒に練習しない・・・?」
壮真は、一瞬言葉を失った。
(!?!?田辺さんの家!?!?)
「えっ・・・よ、よろしいんですか?」
「う、うん・・・!家のほうが道具もそろってるし・・・それに・・・二人のほうが、教えやすいから・・・」
真智の頬は、ほんのり赤かった。
壮真の胸も、静かに高鳴っていた。
「・・・ぜひ、お願いします。」
翌日。
壮真は真智の家の前に立っていた。
(・・・緊張しますね)
インターホンを押すと、すぐに扉が開いた。
「た、田辺さん・・・お、お邪魔します。」
「う、うん・・・どうぞ・・・。」
真智は私服にエプロン姿で迎えてくれた。
私服だからか家庭科室で見るときよりも、新鮮でどこか柔らかい雰囲気がある。
(・・・似合っていますね)
そう思ったが、口には出せなかった。
「じゃあ・・・今日は、オムライスを作ろうと思って。」
「オムライス、ですか。」
「うん。高杉くん、卵料理がちょっと苦手って言ってたから・・・練習したら、きっと上手になるよ。」
真智は優しく微笑んだ。
その笑顔に、壮真の胸はまた少し跳ねた。
キッチンに並んで立つと、自然と距離が近くなる。
「じゃあ、まずは卵を溶いて・・・。」
「はい。こうでしょうか。」
「うん、上手だよ。あとは、フライパンに流し込んで・・・。」
真智が後ろからそっと手を添えた。
「こ、こうやって・・・フライパンをゆっくり揺らすと・・・。」
「・・・っ!」
壮真の心臓が跳ねた。
真智の手は温かく、距離はほんの数センチ。
髪からふわりとシャンプーの香りがして、思わず息を飲む。
「た、高杉くん・・・?」
「あ、いえ・・・大丈夫です。」
「よかった・・・。」
真智も、耳まで赤くなっていた。
練習を重ねるうちに、キッチンには笑い声が増えていった。
「高杉くん、ケチャップ多すぎ・・・!」
「す、すみません。つい・・・。」
「ふふ・・・でも、可愛いかも。」
「えっ・・・?」
「な、なんでもない・・・!」
真智は慌てて視線をそらした。
(・・・可愛い、ですか)
壮真の胸は、また静かに熱くなる。
何度目かの挑戦で、ようやく形の良いオムライスが完成した。
「できましたね・・・!」
「うん・・・!すごいよ、高杉くん。最初よりずっと上手になってる。」
真智は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「田辺さんが丁寧に教えてくださったおかげです。」
「・・・えへへ。」
二人は並んでテーブルに座り、完成したオムライスを食べた。
「・・・美味しいです。自分で作ったとは思えないくらい。」
「うん。高杉くんの味、だね。」
「僕の・・・味、ですか。」
「うん。高杉くんみたいな優しい味がするよ。」
真智は、少し照れながら言った。
帰り際。
玄関で靴を履きながら、壮真は言った。
「今日は・・・本当にありがとうございました。とても楽しかったです。」
「私も・・・すごく楽しかったよ。また・・・一緒に練習しようね。」
「はい。ぜひ、お願いします。」
二人の視線がふっと重なった。
胸が熱くなり、言葉が出なくなる。
((・・・この時間が、ずっと続けばいいのに))
そう思ったのは、二人同時だった。
こうして、“モブな僕ら”の青春は、家庭科室だけでなく、真智の家という新しい場所でも静かに深まっていった。




