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こんなことがあろうとは!

作者: 江葉
掲載日:2026/01/08

どっかで見たことあるネタその2。アスラン顕現して二日目くらいの話です。

 



 精霊が主を選ぶ基準は、魔力の質と量。外見や性別は関係ない。


 俺が主を主にしたのは、好奇心に跳ねる魔力が、なんだか楽しそうだったからだ。


 光属性の魔法は、庶民か玄人向けだとされている。魔力量が少ないと光を灯すくらいしかできないが、多ければアンデッド系の魔物には最強の力となる。極端な使われ方しかされたことがなかった。


 さてこの、泉に反射して跳ねまわる光のような魔力の持ち主は、いったいどのような使い方をしてくれるのか――思ったところで、膨大な魔力と共にイメージが流れ込んできた。


 抗う時間はなかった。そこにいたのは人間の姿をしたモノで、人間ではない自覚がありながらまるで人間のように笑い、泣き、怒り、喜び、そして主に仕えていた。まばゆいばかりのイマジネーション。あれは俺で、主の描く理想の未来だった。


 やっと出会えた。ずっと一生いっしょにいてね。


 ……もちろんだ。


 主の声に応えた瞬間、俺は『アスラン』になっていた。


 なるほど。あのイメージは主が俺とやりたいことだったのか。触れるはずのない主の体に触れ、顕現という肉体を与えられる魔法については納得がいった。


 大変だったのはこの後だ。


 人間の生命活動に必要なこと、ものがあるのは、以前の主を見ていたので知っていた。しかし、自分がそれをやるとなると見ていただけの知識はまったく役に立たなかった。


「いいですか、アスラン君」

「……」

「人間が健康で文化的な最低限度の生活をするためには、睡眠はとても大切です。睡眠不足は精神的、肉体的にもダメージを与え、食欲不振や疲労の蓄積、気力の低下など、様々な悪影響の原因となります」

「別に、死ぬわけじゃ」

「最悪死にます」

「死ぬのか!?」

「あえて寝かせない拷問とか、どっかの国にあった気がする。精神崩壊して死ぬんじゃなかったかな。そうじゃなくても疲労が回復しなければ病気になりやすくなるし。アスランは精霊だから死ぬことはないかもしれないけど、寝不足の状態で魔法使って、うっかり魔力使い過ぎたりされたら私が死ぬ」

「死ぬのか……」

「そもそも私、昨夜「おやすみ」って言ったよね? アスランも「おやすみ」って返事したよね? なんで寝なかったの?」

「それなんだが、主」

「はいなんでしょうアスラン君」


 その口調はなんだ、と聞きたいが、そんな場合ではないのはわかっている。


「寝るとはどうやるんだ?」

「……どう、とは」

「俺は寝るをしたことがない。ベッドに入って、何をすれば寝たことになるんだ?」


 人間が夜中に意識を失っていることは知っている。

 他にもベッドの中で本を読んだり菓子を食べたり、男女が裸で重なり合ったりしているのも見たことがある。


 精霊からすれば、主が体を横たえ目を閉じそして意識を失うのは、実は恐怖だ。人間がそうやって死ぬのを知っているから。


「精霊って寝ないの……?」

「寝る必要がないだろう。主の意識がない時に守るのは俺の役目だ」


 なぜか主は頭を抱えてうずくまった。


「あー、そういやそうだよねぇ!? 顕現直後は声出せなかったし言われないと食べないし! そりゃ寝ろって言われても寝られないわ!! ごめんアスラン!!」


 人間の体が必要としていることを、自分の体も必要とする。理解はしていてもその衝動がわからなかった。


 声は、主が喉や舌を触らせてくれてやり方を学んだ(主は「ウォーター!」と叫んでいた)。

 食事は空腹がわからず、ただ主に差し出されるものをひたすら飲み込んで怒られ、何度もよく噛んで飲み込むよう指導され(主は「おなかが空いて力が出ない!」と力説していた)、腹がぽかぽかして苦しくなってきて満腹を知った。空腹は、時間経過による虚脱感や、魔法使用後の体が空っぽな感じとそれに伴う不安と苛立ちなどの不快感がそうだった。あと腹から音が出た。


「あのね、アスラン」


 ようやく立ち直った主が俺の手を取った。ちいさい子どもの手。俺の手のほうが大きい。あたたかな主の手から俺を労わる魔力が流れてきた。


「守ってくれるのは嬉しいしありがたいけど、アスランが不調になるほうが困るのよ」

「そうなのか?」


 主の言う不調というのがどういった状態なのか、よくわからないのだが。


「そうよ。寝不足で注意力散漫のまま魔物と戦って、アスランが咄嗟に動けなかったらどうなると思うの?」

「どうなるんだ?」

「私が怪我をするわ」

「!?」

「アスランを庇って死んじゃうかもね」

「馬鹿を言うな! 主が精霊を庇うなんて……」

「馬鹿じゃないわよ。それが人間よ」

「主、精霊が死んでも原初の海に還るだけだ。心配することはない」

「人間が死んだって天の園に行くだけだわ」


 ああ言えばこう言う。主はけろっと言ってのける。


 原初の海とは、神のおわす天とこの世界の狭間にある、精霊の揺蕩う空間だ。

 そこに個となる意識はなく、海そのものがひとつの精霊である。稀に海から世界に零れ落ちたものが精霊として目覚める。属性が与えられるのは目覚めた精霊への、神の祝福だった。


「人間は、怪我をしてもすぐには治らない。魔力があれば元に戻る精霊とは違う」


 主は眉を寄せ、首を傾げた。


「大切なものを大切にする、したいと思って行動するのは当然のことだわ。怪我をしたら後悔するかもしれないけど、アスランが消えちゃうよりましだと思う」


 そして、言うのだ。


「そうしたいから、アスランを顕現したんだよ? アスランだってそうだから、私に応じてくれたんじゃないの?」


 そんな顔で、そんな声で、そんなことを言うのはずるいと思った。


「……そうだ」


 あの時流れ込んできたイメージ。あんなふうに主とできたら良いなと、たしかにそう思ったのだ。


「じゃあ、ちゃんと寝よう。目を閉じて、そのまますーっと眠気に任せちゃえば、すぐに朝が来るわ」

「だが……」

「ここはお家よ。魔物が襲ってきても、護衛兵がちゃんといる。父様と母様、兄様も、私より強い人たちがいるんだから安全だわ」

「……」


 たしかに、そうだ。ここには魔物が来ても即対応できる人間と彼らに従う精霊がいる。主にとっては世界で一番安全な場所だ。


「……ひとりで寝るのが怖いなら、いっしょに寝てあげる!」


 どうやら主にはお見通しのようだった。


 精霊に睡眠は必要ない。肉体と違う、意識を持った魔力の塊に過ぎないからだ。主の魔力を吸収し、自分の属性を魔法として世界に放出する。主の言葉を借りるなら顕現する。


 精霊にとって、意識を失うのは原初の海に還るのと同じだ。人間の魂が天の園で休み、再び世界に生まれてくるのとは違う。海に落ちた一滴の水がまた同じ水に戻ることは絶対にない。


 自分を失うのが怖くない精霊がいるだろうか。


「いっしょなら、怖くないよ」

「……そう、だな」


 主といっしょに寝るのなら、いつのまにか主がいなくなることも、自分が消えてしまうことも、ないはずだ。うなずいた俺に、主はにっこりと笑った。


「それにしても寝るができないとは、盲点だったわ」


 さて寝よう、という時になって主が呟いた。


「やったことがないんだ。しかたないだろう」

「そうだよね。やれっていきなり言われても……」

「主?」


 言葉が途切れた主を見ると、俺を凝視している。


「主、どうした?」

「アスラン!」


 みるみる蒼褪めていく主に何事かと身構える。


「アスラン、トイレ行った!?」

「トイレ? ……あっ」


 行っていない。


 そういえば人間は時々トイレに行く。そこだけはどの主もついてくるなと命令するので、何が行われているのか知らなかった。主もトイレに行くときは「ついてこないでね」と言う。未知の領域だ。

 人間の体になったなら、俺もトイレに行けるのか。なんだかわくわくしてきた。


「主、トイレとは何をするところなんだ?」

「うわー! やっぱり! いくら精霊だからって、そりゃ見せられないわ!!」


 絶叫した主は俺の手を引っ張って走り出した。


「ごめんっ。ほんっとにごめんアスラン! 人間は、食べたら出すんだよぉぉっ!!」


 ――主の指導の下はじまったトイレトレーニング。……まさか、こんなことがあろうとは。世界は神秘に満ちている。


 





体を持ったことがない精霊はほぼ赤ちゃん。肉体の生理的欲求が起こっても何をどうすべきかわからない。

アスラン以降の精霊はポラールがそれらをインストールしたのでこんなことはアスランだけ。


やっと情報解禁です!

「不運な追放聖女だって幸せになります!アンソロジーコミック」に「こんなこともあろうかと!」が掲載されます。

ブシロードワークス様より2月6日に発売になります!よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
精霊視点で「人間になる」をここまで丁寧かつ可愛く描くのが新鮮でした。 寝る・食べる・トイレという当たり前が未知になる描写がすごく自然で、主とアスランの価値観のズレと信頼関係が会話だけで伝わってきます。…
これを読んだ後だと、赤ちゃんが泣いて不満や欲求を伝えたり、教えずとも寝てくれたり、排泄してくれたりするのってすごい事だったのではと思いました。 アスランさんは言葉などによる説明や理解が可能でしたけれど…
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