第9話 魔王より手強い「ホコリ」という敵
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
日本での生活も数日が経過した。
キースラインは、最大の屈辱に直面していた。
「おい齋藤、そこまだ汚れてんぞ。ちゃんと拭けよ」
クラスメイトの男子が、指先で床を指し示した。
そう。掃除当番である。
魔王軍を単騎で壊滅させ、王族ですら跪かせたこの俺が。
薄汚れた布(雑巾)を手に、地べたを這いつくばっているのだ。
「……貴様」
キースラインのこめかみに青筋が浮かぶ。
「この俺に……指図をするか。その指、へし折って――」
――『はい、ストップ』
脳内に、例の軽い声が響いた。
(掃除は日本の学校教育の根幹よ。「奉仕の心」を学びなさい。あと、そのクラスメイトはただの指摘だから。暴力で返したら即アウトね)
「ぐぬぬ……!」
キースラインは雑巾をギリギリと絞り上げた。水がポタポタと床に垂れる。
(神よ、見ていればいい気になるなよ。俺は誇り高き勇者だぞ? なぜ下民の出したゴミを俺が処理せねばならん!)
(文句言わない。ほら、女子たちが引いてるわよ。「齋藤くん、雑巾絞りながら何ブツブツ言ってるの……?」って)
ハッとして顔を上げると、女子生徒たちが不審なものを見る目でこちらを見ていた。
いかん。これでは「人間関係の維持」に関わる。
キースラインは引きつった笑顔を貼り付けた。
「……あ、ああ。すまない。汚れが……しつこい敵だなと思って、気合いを入れていたところだ」
「ふーん? まあいいけど、真面目にやってよね」
女子生徒は冷たく言い放ち、箒でゴミを集め始めた。
その塵芥が、あろうことかキースラインの足元に舞ってくる。
「……っ!!」
カチン、と音がした。理性の留め金が外れる音だ。
(おのれ……! この俺をゴミ扱いするか! 今すぐこの箒を奪い取り、その鼻の穴に突っ込んで――!)
――『イエローカード』
神の声が低くなった。
(鼻の穴は痛いからダメ。次、殺気漏らしたら一週間「味覚消失」の刑にするからね。あの美味しいハンバーグカレー、味がしなくなってもいいの?)
「なっ……!?」
なんと卑劣な。食の楽しみを人質に取るとは、それでも神か。
キースラインは拳を震わせた。
殴りたい。燃やしたい。消し去りたい。
だが、ハンバーグカレーは美味い。昨日のプリンも絶品だった。
「……うおおおおおぉぉぉ!!」
行き場を失った怒りと破壊衝動を、キースラインは全て「床拭き」に込めた。
シュバババババ!
人間離れした(と言っても高校生レベルだが)速度で、廊下を雑巾がけしていく。
「貴様ら! 埃ごときが俺の前に立ちはだかるな! 消えろ! 消え去れぇぇ!」
殺気立った形相で床を磨き上げるその姿は、ある意味で鬼気迫るものがあった。
「す、すげぇ……齋藤のやつ、あんなに掃除に熱心だったか?」
「なんか、床がピカピカになってるんだけど……」
「アイツ、もしかして掃除のプロか?」
クラスメイトたちがざわつく。
怒りをぶつけた結果、皮肉にも評価が上がってしまった。
――『うんうん、よくできました。その調子でトイレ掃除も頑張ってね』
(……殺す。いつか必ず、あの神を玉座から引きずり下ろしてやる……!)
ピカピカになった廊下の真ん中で、肩で息をするキースライン。
しかし、その筋肉痛に悲鳴を上げる体を見て、彼はふと気づいた。
(……待てよ? この雑巾がけという動作……下半身と体幹の強化に使えるのではないか?)
怒りに任せて全力疾走したせいで、太ももが良い感じに張っている。
ただの屈辱だと思っていた労働が、まさかの「筋トレ」になるという発見。
キースラインの目に、怪しい光が宿った。
「おい、そこのお前」
「え、お、俺?」
「この教室の床、全て俺が磨き上げる。貴様らは手出し無用だ」
「はあ!? ……い、いいけど……」
その日以降、放課後の校舎には、猛獣のような顔で雑巾がけダッシュを繰り返す齋藤慎也の姿が目撃されるようになる。
あだ名は「清掃の覇者」になりつつあったが、本人がそれを知るのはもう少し先の話である。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
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