第83話 赤い果実の効率的採取と、黄金色の平和的視覚効果
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
春休み。
慎也の体に入った元勇者・キースラインと花憐は、郊外の観光農園を訪れていた。
ビニールハウスの中は暖かく、甘酸っぱい香りが充満している。
「わぁ……! 真っ赤ないちごが、いっぱい!」
花憐が目を輝かせて歓声を上げた。
「……ふむ」
キースラインは、渡されたプラスチックのヘタ入れ容器を片手に、整然と並ぶ畝を鋭い眼光で見渡した。
「室温25度。ミツバチによる自然交配と、徹底された温度管理。……極めて優秀な食糧生産施設だ。我が王国にもこの農業技術は導入すべきだな」
「もう、視察じゃないんだから。いちご狩りだよ!」
花憐は呆れつつも、大きないちごを摘み取って口に運んだ。
「ん〜っ! 甘くておいしい!」
「……糖度の高い個体を見分けるのは容易だ。ヘタの根元まで赤く染まり、表面のツヤが均一なものを狙え。……私の動体視力によれば、あそこの列の個体が最も優秀だ」
キースラインは迷いなく歩き出し、次々と完璧な完熟いちごだけを摘み取っていく。
かつて魔物を狩っていた鋭い感覚は、今や「最も美味しいいちごを狩る」ためにフル稼働していた。
「はい、齋藤くん。あーん」
不意に、隣から手が伸びてきた。
花憐が、自分が摘んだ一際大きないちごを、彼の口元に差し出している。
「……自分で食べられる」
「いいから! ほら、あーん」
押し切られる形で、キースラインはそれを受け入れた。
パクッ。
口いっぱいに広がる、瑞々しい果汁と強烈な甘み。
「……どう? 甘い?」
「……ああ。規格外の甘さだ」
キースラインは、少しだけ目を伏せて息を吐いた。
「……悪くない。良質な貢ぎ物だ」
***
いちご狩りでお腹を満たした二人は、農園に隣接する「菜の花散歩コース」を歩いていた。
視界の端まで続く、一面の黄金色。
春の柔らかな風が吹き抜け、菜の花が波のように揺れる。
「綺麗……風が気持ちいいね」
花憐が、菜の花畑の中で両手を広げて微笑む。
青い空と、黄色い花。そして、彼女の明るい笑顔。
「……」
キースラインは立ち止まり、その景色をじっと見つめた。
かつて自分が生きていた世界(ファンタジー世界)には、魔物が蔓延り、血生臭い戦場が日常だった。
しかし、この世界にはそれがない。ただ、絶対的な安全と平和がそこにある。
(……この世界は、非効率で退屈だと思っていたが……)
彼は、花憐の隣に並んで歩き出した。
そして、ごく自然に彼女の手を握った。
「え……?」
花憐が驚いて彼を見上げる。
「……黄色は、自然界においては『警告色』だ。目立ちすぎるゆえに、戦場では致命的な隙となるが……」
キースラインは、花憐の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「この世界の黄色は、ただ無害で……美しいな」
「……齋藤くん……」
花憐の頬が、いちごのように赤く染まる。
キースラインは握った手に少しだけ力を込めた。
(……我が参謀。貴様が笑うこの平和な領土は、私が責任を持って統治してやろう)
彼は内心でそう呟き、春の風に目を細めた。
元勇者の俺様な態度の裏に隠れた、この世界と花憐への確かな愛情が、菜の花畑の真ん中で静かに育まれていた。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
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