第81話 成分分析の回答と、放課後の予約席
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
3月14日。ホワイトデー。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、花憐のスマホが震えた。
『被服室(家庭科室)へ来い。……遅刻は厳禁だ』
送信者は、もちろん生徒会長・齋藤慎也。
(……え? 家庭科室?)
花憐は首を傾げながら、校舎の端にある特別教室へと向かった。
ガラッ。
扉を開けると、そこはいつもの家庭科室……ではなかった。
照明が少し落とされ、中央の調理台には真っ白なクロスが敷かれ、一輪の薔薇が飾られている。
まるで、高級レストランの一席のようだ。
「……遅かったな、参謀」
奥から現れたのは、制服の上に黒のカフェエプロンを身につけたキースラインだった。
袖をまくり、銀縁眼鏡(伊達)をかけたその姿は、本職のパティシエかギャルソンのような風格。
「さ、齋藤くん!? なにこれ!?」
「座れ。……予約時間は過ぎているぞ」
彼に促され、花憐は恐る恐る席に着いた。
キースラインは優雅な手つきで、銀のトレイから一皿のデザートを目の前に置いた。
「……どうぞ」
それは、芸術的な「ホワイトチョコレートとベリーのムース」だった。
真っ白なドーム型のムースに、真っ赤なフランボワーズのソースが幾何学模様を描いている。
添えられた飴細工も美しく、とても高校生の男子が作ったとは思えない完成度だ。
「これ……齋藤くんが作ったの?」
「当然だ。外部委託(市販品)では、私の求めるスペックを満たせない」
キースラインは、紅茶を注ぎながら淡々と説明を始めた。
「先月、貴様から受領したガトーショコラ。……あれを成分分析した結果、カカオ分72%のビターな味わいと、隠し味のブランデーが検出された」
「う、うん……」
「その『重厚さ』に対する解として、今回はホワイトチョコの『軽やかさ』と、ベリーの『酸味』を掛け合わせた。
……計算上、これが最も貴様の味覚受容体を刺激し、幸福物質を分泌させるはずだ」
相変わらず理屈っぽい。
けれど、その理屈の全てが「花憐を喜ばせるため」だけに構築されている。
「……いただきます」
花憐はスプーンでムースを掬い、口に運んだ。
ふわり。
濃厚な甘さと、爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。
計算? 分析? そんな言葉はどうでもよくなるほど、それは優しく、とろけるような味だった。
「……おいしい……っ!」
花憐が顔を綻ばせる。
「すごくおいしいよ、齋藤くん!」
「……そうか」
キースラインは、満足げに口元を緩めた。
彼は自分の分を用意していなかった。ただ、花憐が食べる様子を、カウンター越しに静かに見守っていた。
「齋藤くんは食べないの?」
「私は調理過程で味見を済ませている。
……それに」
彼は、花憐の唇についたソースを、ナプキンでそっと拭った。
「貴様がおいしそうに食べているデータだけで、私への報酬は十分だ」
「……っ///」
花憐はフォークを落としそうになった。
さらっと、なんてことない顔で、とんでもないことを言う。
エプロン姿の彼は、いつもの「王様」ではなく、完璧に奉仕する「執事」のようで。
そのギャップに、花憐の胸はムースよりも甘く溶かされてしまった。
「……あ、ありがとう……最高のお返しだよ……」
放課後の家庭科室。
甘い香りと、計算され尽くしたおもてなし。
ホワイトデーの「倍返し」は、物質的な価値以上の、極上の時間として返済されたのだった。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
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