第77話 参謀の機能停止と、王による緊急メンテナンス
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
2月上旬。
その日、キースライン(慎也)の隣の席は空席だった。
「……チッ」
彼は不機嫌そうに舌打ちをした。
黒板の文字をノートに写す速度はいつも通りだが、その筆圧は明らかに強かった。
(天道花憐、欠席。……私の演算リソース(思考)が、無意識に彼女の不在理由を探っている。……非効率だ)
放課後。
彼は迷わず花憐の家へと向かった。
幼馴染の特権で、合鍵(という名の「緊急アクセス権」)は持っている。
インターホンを鳴らすと、中から花憐の母の声がした。
『あら、慎也くん? 花憐なら熱で寝込んでるのよ。……入ってやってくれる?』
***
花憐の部屋。
ピンク色のベッドの中で、彼女は顔を赤くして荒い息を吐いていた。
「……うぅ……頭いたい……」
その弱り切った姿を見た瞬間、キースラインの眉間に皺が寄った。
「……ひどい有様だな」
彼はベッドサイドに立つと、躊躇なく彼女の額に自分の手を当てた。
「熱い。……体温38.5度。思考能力低下。身体機能、セーフモードに移行中か」
「……あ、齋藤くん……?」
花憐がうっすらと目を開ける。
「ごめんね……私、風邪ひいちゃって……」
「謝罪は不要だ。……エネルギーの無駄だ」
キースラインは上着を脱ぎ、腕まくりをした。
「これより、緊急メンテナンス(看病)を開始する」
***
数十分後。
キッチンからいい匂いが漂ってきた。
キースラインが運んできたのは、湯気を立てる卵粥と、擦りおろしたリンゴ。
「起きられるか?」
「うん……」
花憐が体を起こそうとするが、ふらつく。
キースラインは無言で彼女の背中にクッションを挟み、支えた。
「口を開けろ」
彼はスプーンでお粥を掬い、ふーふーと息を吹きかけて冷ます。
その動作は、実験器具を扱うように慎重で、かつ丁寧だった。
「……あーん」
花憐が恥ずかしそうに口を開ける。
パクッ。
「……おいしい……」
「当然だ。消化吸収効率を最大化するため、米のアルファ化(糊化)を完璧に制御した。塩分濃度も発汗量に合わせて調整済みだ」
理屈っぽい説明だが、その味は優しさそのものだった。
食後、薬を飲ませ、冷却シートを新しいものに交換する。
手際の良い「メンテナンス」のおかげで、花憐の顔色は少し良くなっていた。
「……ありがとう、齋藤くん」
ベッドに横になった花憐が、潤んだ瞳で彼を見上げる。
「……うつっちゃうよ? 帰らなくていいの?」
「愚問だ」
キースラインは、椅子を引き寄せてベッドの横に座った。
「私の免疫システムは鉄壁だ。ウイルスごときに侵入は許さん」
彼は、布団から出ていた花憐の手を、そっと握った。
「それに……主が不調の時に、側を離れる従者などいない」
「……ふふ。齋藤くんは『王様』じゃなかったの?」
「……今は、貴様の専属医だ」
花憐は嬉しそうに微笑み、握られた手をギュッと握り返した。
「……手、冷たくて気持ちいい……」
「熱が下がるまで、このままだ」
安心感からか、花憐の呼吸が深くなり、やがてスースーと寝息を立て始めた。
キースラインは、その寝顔をじっと見つめ続けた。
(……早く治せ、花憐)
彼は心の中で呟く。
(貴様がいないと、世界(日常)の色度が著しく低下する。……調子が狂うのだ)
最強の勇者も、風邪のウイルスと、恋人の不在には勝てないようだった。
彼は花憐が完全に回復するまで、その手を離そうとはしなかった。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
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