第74話 聖女の決意、王女の口づけ
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
出発前夜。王城の一室。
慎也は一人、バルコニーで月を見上げていた。
そこへ、静かにエリスがやってくる。
「……眠れないのか、エリス」
「キースライン様こそ」
二人は並んで月を見た。
明日は魔王城への出発。生きて戻れる保証はない。
「……エリス」
慎也が静かに口を開いた。
「魔王は、教会のような小悪党とは違う。純粋な暴力の塊だ。……私の計算でも、勝率は五分五分といったところだ」
彼はエリスの方を向き、真剣な眼差しで問いかけた。
それは、勇者としての命令ではなく、一人の男としての、弱さを含んだ問いかけだった。
「……また、今度もついてきてくれるか?」
エリスは、きょとんとして、それから柔らかく微笑んだ。
「……愚問ですね、私の王様」
彼女は迷いなく、慎也の手を握った。
「貴方が地獄へ行くなら、私もそこへ。……私の居場所は、貴方の隣だけですから」
「……そうか」
分かりきっていた答え。だが、それを言葉にして聞くことが、何よりの力になる。
「……感謝する」
慎也はエリスを引き寄せ、その唇を塞いだ。
月明かりの下、深く、長い口づけを交わす。
言葉はいらない。ただ互いの体温だけが、明日の恐怖を溶かしていく。
――その様子を、少し開いた扉の隙間から見つめる影があった。
ソフィア王女だった。彼女は扇子で口元を隠し、自嘲気味に微笑んだ。
「……ふふ。熱烈ね。……入る隙間もないわ」
彼女は音もなくその場を立ち去った。
***
翌朝。
窓から差し込む朝日で、エリスは目を覚ました。
隣には、まだ深い眠りについている慎也の姿があった。
エリスは体を起こし、そっと彼の寝顔を覗き込んだ。
起きている時は、常に計算し、気を張り詰め、傲慢な「魔王(勇者)」を演じている彼。
けれど、その寝顔は、驚くほど幼く、無防備な少年(慎也)のものだった。
(……いつも、一人で全てを背負って……)
エリスは、彼を起こさないように、そっと指先でその頬に触れた。
温かい。生きている。
(貴方は私を守ると言ってくれた。……でも、今度は私が守ります。私の命に代えても)
彼女は愛おしそうに目を細め、彼の額に軽く口づけを落とした。
***
数時間後。王城の中庭。
出陣の準備が整い、兵士たちが整列している。
慎也の元へ、ソフィア王女が早足で歩み寄ってきた。
「準備はいいかしら、英雄殿?」
「ああ。全ての変数は計算済みだ。……行ってくる」
慎也が踵を返そうとした、その時。
「待ちなさい」
ソフィアが彼の手首を掴んだ。
「?」
振り返った慎也の胸元に、ソフィアが飛び込んだ。
チュッ。
それは一瞬の出来事だった。
ソフィアの唇が、慎也の頬――唇のすぐ横――に触れた。
「……!?」
さすがの慎也も目を見開いて固まる。
後ろで見ていたエリスも「えっ!?」と声を上げた。
ソフィアは悪戯っぽく、しかしどこか切なげに微笑んだ。
「……勝利の女神からの『まじない』よ。
必ず勝って、私の元へ帰ってきなさい。……これは王命だからね?」
彼女はそれだけ言うと、くるりと背を向け、真っ赤になった耳を隠すように早足で城へ戻っていった。
「……やれやれ」
慎也は頬に残る感触に、困ったように眼鏡を押し上げた。
「……計算外の変数が多すぎるな、この世界は」
隣のエリスが、頬を膨らませてジト目で見てくる。
「……キースライン様? 今のはどういう計算ですか?」
「……ただの外交儀礼だ。行くぞ、エリス」
「もうっ! 絶対違います!」
聖女の深い愛と、王女の秘めた恋心。
二人の女性の想いを乗せて、勇者一行はいよいよ最終決戦の地、魔王城へと飛び立った。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




