第7話 マニュアル不在の英雄譚
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
異世界での朝は早い。
鳥のさえずりと共に目覚めた慎也は、さっそく行動を開始しようとした。
顔を洗いながら、彼は心の中で今日のスケジュールを立てる。
(昨日の魔法暴発はひどかった……。まずはこの規格外のパワーに慣れないと。今日は移動を控えて、安全な場所で基礎体力の確認と、魔力操作の練習を――)
「さあキース様! 出発の準備は整いました!」
僧侶のミナが、キラキラした笑顔で天幕に入ってきた。
昨日の「カレー事件」で、仲間たちの怯えは多少マシになっていた。どうやら「昨日の暴発は事故で、美味しいご飯をくれたから機嫌は直った」と解釈されたらしい。
「えっ、出発? いや、あの……今日は少し、訓練をしたいなと思っていて」
慎也が恐る恐る提案すると、ミナはキョトンとした。
「訓練、ですか? キース様が?」
「はい。昨日のこともありますし、少し体の動かし方を復習したいというか……」
「わっはっは! 傑作だ!」
豪快な笑い声と共に、重戦士のガルドが入ってきた。
「レベル99の勇者様が、今更なにを復習するってんだ? 素振りか? 走り込みか?」
「いや、まさにその通りなんですけど……」
「ご冗談を。アンタが本気で素振りなんざしたら、その風圧で俺たちのテントが吹き飛んじまうよ」
ガルドはバシバシと慎也の背中を叩いた。痛くはないが、話が通じないのが痛い。
「それに、急ぎませんと」
盗賊の男が地図を広げた。
「隣町で、オークの群れが出たそうです。討伐依頼が来ていますよ。俺たちの稼ぎ時だ」
「えっ、オーク? 魔物と戦うんですか? 今から?」
「当然でしょう。魔王討伐の旅のついでに、路銀も稼がないと」
(ま、待ってくれ。心の準備も、操作説明書もなしで実戦!?)
慎也の顔色がサッと青ざめた。
受験勉強だって、基礎固めをして、模試を受けて、それから本番だ。いきなり過去問も解かずにセンター試験会場に放り込まれるようなものじゃないか。
「あの、やっぱり少しだけでも……」
「さあ行きますよ! 遅れると他の冒険者に手柄を取られちゃいます!」
ミナに背中を押され、慎也はズルズルとテントの外へ押し出された。
輝く鎧。巨大な聖剣。最強の肉体。
中身だけが、震える高校生のまま。
***
数時間後。街道沿いの林にて。
「ブモォォォォ!」
豚の顔をした筋肉質の巨人――オークが、棍棒を振り回して現れた。しかも五体。
「ひっ……!」
リアルな魔物の迫力に、慎也は足がすくんだ。
ゲーム画面で見るのとは訳が違う。獣の臭い、荒い鼻息、殺気。
(こ、殺される……!)
「出ましたね、雑魚どもが」
ガルドが斧を構えた。
「キース、ここはアンタが出るまでもない。俺たちが……」
「いや、待てガルド」
ミナが制した。
「キース様、昨日の『訓練したい』って仰ってたの、ここで試されたらどうですか? 実戦に勝る訓練なし、と言いますし!」
(えっ、余計なことを!)
慎也はミナを見たが、彼女は「私、いい提案しましたよね?」という顔で親指を立てている。
オークたちが一斉に、一番強そうな気配を放つ慎也に向かって突進してきた。
「う、うわぁぁぁ! 来るな!」
パニックになった慎也は、腰の聖剣を引き抜こうとした――が、焦って手が滑った。
代わりに、無我夢中で右拳を突き出した。
ただの、悲鳴とセットの「裏拳」だった。
ドゴォォォォン!!
大気が破裂するような音が響いた。
慎也の拳が空を殴った衝撃波が、可視化できるほどの塊となってオークの群れを飲み込んだ。
オークたちは悲鳴を上げる間もなく、紙屑のように吹き飛び、後方の木々をなぎ倒しながら空の彼方へ消えていった。
ついでに、街道の地面が百メートルほど深くえぐれていた。
「…………」
静寂。
鳥の声すら消えた森で、慎也は自分の拳を見つめて震えていた。
(殴ってすらいない……。空気を押しただけでこれ……?)
「す、すげぇ……」
ガルドが呟いた。
「剣すら抜かずに、拳圧だけで全滅させやがった……。これが『訓練』かよ。やっぱりアンタ、次元が違わぁ」
仲間たちは畏敬の念を深め、慎也は青ざめたまま立ち尽くす。
力の制御を学ぶ機会は、当分訪れそうになかった。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




