第65話 広大なる非効率の大地と、有袋類の抱擁
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
11月。修学旅行。
行き先は、南半球の大陸、オーストラリア。
「……理解不能だ」
ケアンズ国際空港からバスで移動中、キースラインはずっと窓の外を睨んでいた。
「どこまで走っても赤土とブッシュ(灌木)ばかり。都市計画という概念が存在しないのか、この大陸は? 無駄な余白が多すぎる」
「もう、それが大自然の良さじゃない!」
隣の花憐が楽しそうにガイドブックを開く。
「今日はファームステイで、明日はコアラ抱っこ体験だよ!」
「コアラ? あのユーカリしか食わず、一日の大半を睡眠に費やす、エネルギー効率最悪の生物か? 会う価値などない」
キースラインは鼻で笑った。
***
しかし数時間後。動物保護区にて。
「キャー! 可愛いー!!」
花憐が木にしがみつくコアラを見て歓声を上げる。
ぬいぐるみのようなその姿に、女子生徒たちはメロメロだ。
「次、齋藤くんの番だよ!」
飼育員さんに促され、キースラインが渋々前に出る。
「……やれやれ。なぜ王である私が、このような下等生物の寝床にならねばならん」
だが、飼育員さんが彼の腕にコアラを乗せた瞬間。
ずしっ。
意外な重みと、体温が伝わってきた。
「……む?」
キースラインの胸元に、コアラがぎゅっとしがみつく。
ユーカリの葉の匂いと、独特の獣臭。
そして、何の警戒心もなくスヤスヤと眠り始めたその無防備な寝顔。
「……どう? 齋藤くん」
花憐がニヤニヤしながらカメラを向ける。
「……フン。筋肉量が足りん。これでは外敵に襲われた際、即座に反応できんぞ」
キースラインは憎まれ口を叩いたが、その手はコアラが落ちないよう、そっと、優しく背中を支えていた。
(※その写真は花憐の家宝となった)
***
その夜。
宿泊先は、内陸部のアウトバック(荒野)にあるキャンプ施設。
周囲には人工の光が一切ない。
「……すごい」
夕食のバーベキューの後、二人は少し離れた丘の上に立っていた。
360度、地平線まで続く真っ暗な大地。
そして見上げれば、空から降ってきそうなほどの満天の星と、天の川。
「……」
いつものキースラインなら、「光源の配置が非効率だ」とか「遮蔽物がないのは戦略的に不利だ」とか言うはずだった。
だが、彼は黙っていた。
あまりにも圧倒的な、手つかずの自然。
自分の「支配」や「論理」が一切通用しない、広大な空間。
「……ねえ、齋藤くん」
隣で花憐が、南十字星を見上げながら呟く。
「世界って、広いね」
「……ああ」
キースラインは短く応えた。
彼の目には、いつもの傲慢な光ではなく、未知のものに対する静かな驚きが宿っていた。
「私の計算では測れない領域が、まだこれほど残されていたとはな」
彼は大地を踏みしめた。赤土の感触が足裏に伝わる。
「……悪くない」
彼は誰に言うでもなく呟いた。
この制御不能な大地は、彼に「王としての全能感」とは違う、ちっぽけな自分という新鮮な感覚を与えていた。
「ふふっ。齋藤くんでも驚くことがあるんだね」
花憐が彼の腕に抱きつく。
夜風は冷たかったが、二人の間にはコアラの体温のような、じんわりとした温かさが流れていた。
オーストラリアの大自然。
それは、ガチガチの合理主義者である勇者の心に、少しだけ風穴を開けたようだった。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
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