第55話 鎮魂の円舞と、浴衣の拘束率
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
8月中旬。お盆。
町内の神社の境内には、大きな櫓が組まれ、提灯の明かりが揺れていた。
ドンドン、カッ。ドンドン、カッ。
腹に響く和太鼓の音に合わせて、人々が櫓の周りをぐるぐると回っている。
「……奇妙な儀式だ」
人混みから離れた木陰で、キースラインは腕を組んで呟いた。
彼は黒っぽい浴衣を着せられていたが、帯の締め付けが気に入らないのか、何度も腰元を気にしている。
「同じ動作、同じ歩調、そして円形の陣形。……これは一種の集団催眠、あるいは統率力を高めるための『軍事教練』か?」
「違うわよ、齋藤くん。盆踊りは、ご先祖様の霊をお迎えして、慰めるためのものなの」
隣でクスクスと笑ったのは、艶やかな紺色の浴衣に身を包んだ花憐だった。
うなじにかかる後れ毛と、団扇を持つ白い指先。
その姿は、昼間の水着姿とはまた違う、しっとりとした「和」の破壊力を持っていた。
「……霊、か」
キースラインは夜空を見上げた。
提灯の明かりが届かない闇の向こう。
(俺の魂も、本来ならここに在るべきではない異物だ。……この儀式に乗れば、元の世界へ送還されるか?)
「何してるの? 踊るわよ!」
花憐が彼の手を引いた。
「ちょ、待て参謀! この衣服(浴衣)は下半身の可動域が著しく制限されている。緊急回避行動が取れん!」
「回避しなくていいの! ほら、見よう見まねで!」
強引に踊りの輪の中に放り込まれたキースライン。
最初は戸惑っていたが、前を踊る地元のおばあちゃんの動きを数秒凝視すると、彼の目が「解析モード」に変わった。
(……重心移動、腕の振り角、足の運び……パターン化された単純動作か)
次の瞬間。
キースラインは、完璧な「炭坑節」を披露し始めた。
指先の角度、足の踏み込み、すべてが寸分の狂いもない。
ただ一つ、顔が無表情すぎて怖いことを除けば。
「……ちょっ、齋藤くん!?」
花憐が吹き出した。
「上手すぎるけど! なんでそんなに真剣な顔して『掘って~掘って~』やってるの!?」
「ふむ。……この動作、実に合理的だ。最小のエネルギーで最大の運動効果を得られるよう設計されている」
キースラインは真顔で踊り続けた。
「それに……この一体感。個を捨てて『群』となる感覚。……軍隊の行進に通じるものがあるな」
櫓の上で太鼓を叩く青年団も、あまりにキレのある動きをする高校生に釘付けになっていた。
一通り踊り終え、二人は境内の石段に座ってラムネを飲んだ。
ビー玉がカラン、と鳴る。
「……楽しかった?」
花憐が夜風に当たりながら尋ねる。
「……ああ。悪くない『教練』だった」
キースラインは珍しく素直に頷いた。
「それに、霊を慰めるという概念も、理解できなくはない」
彼は自分の胸に手を当てた。
「去りゆく魂、ここに在る魂。……その境界を曖昧にして、一夜だけ共に過ごす。……優しい世界だ」
その言葉は、まるで自分の中にいる「もう一人の齋藤慎也」に向けられたもののようにも聞こえた。
花憐は、そんな彼の横顔をじっと見つめ、そっと自分の肩を寄せた。
「……来年も、また一緒に踊ろうね」
「ああ。……その時までには、この浴衣の『機動性』を改良しておく必要があるな」
提灯の明かりに照らされた二人の影は、盆踊りの輪のように、寄り添いながら揺れていた。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
今後のデータの参考にするため、よろしければ「ブックマーク」と、下にある【★★★★★】で評価を入力していただけると助かります。
皆さんの応援が、僕たちの生存確率を上げます。よろしくお願いします。




