第53話 炎色反応の輝きと、戦術的休息
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
夜の帳が下りたプライベートビーチ。
波の音だけが、ザザァ……とリズミカルに響いている。
「……火薬の無駄遣いだな」
暗闇の中、キースラインはバケツと着火マンを手に、呆れたように呟いた。
「推進力を持たせない火薬の燃焼など、単なるエネルギーの浪費だ。照明弾としての光量も不足している」
「もう、無粋なこと言わないの!」
花憐が浴衣……ではなく、昼間の水着の上にパーカーを羽織ったラフな姿で笑う。
「日本の夏といえば花火なの。ほら、まずはこれ!」
花憐が火をつけたのは、手持ちの噴出花火だった。
シュボッ! と音を立てて、赤や緑の火花が勢いよく噴き出す。
「わぁ……綺麗!」
はしゃぐ花憐の顔が、火花に照らされて極彩色に浮かび上がる。
「……ふむ。ストロンチウムの赤に、バリウムの緑か。典型的な炎色反応だ」
キースラインは腕を組み、冷静に分析していた。
だが、その目は火花そのものではなく、「火花を見つめる花憐の横顔」に向けられていた。
(……光源が揺れることで、対象の表情に陰影が生まれ、視覚的な情報量が増大している。……悪くない演出だ)
次々と花火を楽しむ二人。
やがて、袋の中には最後の二本だけが残った。
線香花火だ。
「……最後はこれね」
花憐が一本をキースラインに手渡す。
「勝負よ、齋藤くん。どっちが長く玉を落とさずにいられるか」
「……バランス制御か。望むところだ。私の体幹を見くびるな」
二人はしゃがみ込み、小さな火の玉を見つめた。
パチ、パチパチ……。
松葉のような繊細な火花が散る。
さっきまでの派手な音はなく、波音と、微かな燃焼音だけが世界を包む。
暗闇の中、二人の距離は肩が触れ合うほどに近い。
オレンジ色の淡い光が、互いの瞳の中に映っている。
「……ねえ、齋藤くん」
火花を見つめたまま、花憐がぽつりと呟いた。
「夏休み、終わってほしくないな」
その声には、少しの寂しさが混じっていた。
楽しい時間は、この花火のように一瞬で燃え尽きてしまう。
キースラインは、震えそうになる花憐の手元を見た。
「……現象には必ず終わりがある。エントロピーの法則だ」
「……うん」
「だが」
彼は静かに言葉を継いだ。
「燃焼が終わっても、酸化物は残る。……この網膜に焼き付いた『光の残像』は、脳が破壊されない限り消去されん」
ぽとり。
花憐の火玉が落ちた。
一瞬遅れて、キースラインの火玉も海風に揺られて落ちる。
辺りは再び、深い闇と静寂に包まれた。
だが、キースラインは暗闇の中で、隣にいる少女の手を――火薬の匂いが残るその手を、そっと握った。
「……来年も検証が必要だな」
「え?」
「一度の実験ではデータ不足だ。来年の夏も、この『非効率な燃焼実験』を行うぞ、参謀」
それは、遠回しな「ずっと一緒にいる」という契約更新の宣言。
花憐は驚いて、それから闇の中でとびきりの笑顔を咲かせた。
「……うん! 了解よ、会長!」
握り返された手の温もりは、花火の熱よりもずっと長く、二人の心に残った。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
今後のデータの参考にするため、よろしければ「ブックマーク」と、下にある【★★★★★】で評価を入力していただけると助かります。
皆さんの応援が、僕たちの生存確率を上げます。よろしくお願いします。




