第49話 色彩の迷彩と、戦士の休息
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
6月。日本は梅雨入りを迎えていた。
朝から降り続く雨が、アスファルトを黒く染めている。
「……視界不良。足元の摩擦係数も低下。行軍には最悪の環境だな」
昇降口で、キースラインは不機嫌そうに雨空を見上げていた。
彼にとって雨とは、体温を奪い、鉄を錆びさせる「敵」でしかなかったからだ。
「もう、そんな怖い顔しないの。ほら、行くわよ」
隣で花憐が傘を開いた。
パッ、と開いたのは、淡いピンク色の傘。
「……入る?」
「む……。俺の傘(装備)を忘れた失態だ。恩に着る」
キースラインは少し身を屈めて、花憐の傘に入った。
いわゆる「相合傘」だ。
狭い空間。雨音だけが響く世界。肩が触れ合う距離に、花憐の甘いシャンプーの香りが漂う。
通学路の途中、公園の脇を通りかかった時だった。
キースラインの足がふと止まった。
「……おい、あれを見ろ」
「え?」
彼が指差したのは、雨に濡れて鮮やかに咲き誇る紫陽花の群生だった。
青、紫、薄紅。
雨粒を弾いてキラキラと輝くその姿は、灰色の景色の中でそこだけ発光しているようだった。
「……変な植物だ。一つの株から異なる色の花をつけている。……土壌の成分による化学変色か?」
「そうよ。紫陽花っていうの。土が酸性かアルカリ性かで色が変わるの」
「ほう。……カメレオンのような擬態か、あるいは敵を惑わす幻惑戦術か」
いつもの軍事的解釈。
だが、キースラインはその場から動こうとしなかった。
彼はじっと、その丸い花の塊を見つめていた。
(……以前の俺なら、どうしただろうか)
異世界での彼なら、こんな茂みは「敵が潜む死角」としか見なさなかっただろう。
視界を確保するために焼き払うか、気にも留めずに踏み荒らして進んでいたはずだ。
戦場に「美しさ」など不要だったからだ。
だが、今は違う。
雨に打たれながらも、懸命に色を主張するその姿が、なぜか……「守るべきもの」のように見えた。
「……綺麗、でしょ?」
花憐が、彼の顔を覗き込んで悪戯っぽく笑った。
「……フン。戦術的価値は皆無だ」
キースラインはそっぽを向いたが、その声は柔らかかった。
「だが……士気高揚の効果はあるかもしれん。……悪くない色彩だ」
それは、元勇者が初めて口にした、純粋な「美的評価」だった。
花憐は嬉しそうに目を細めた。
「齋藤くん、変わったね」
「何がだ?」
「昔はもっと、ピリピリしてた。……今は、道端の花を見る余裕ができたんだね」
「……平和ボケしただけだ。この国の空気に毒されたな」
キースラインは苦笑し、傘の柄を花憐から受け取った。
「貸せ。……参謀の肩が濡れているぞ」
彼は傘をさりげなく花憐の方へ傾け、彼女を雨から守るように抱き寄せた。
「あ……ありがとう」
「行くぞ。遅刻は軍規違反だ」
雨の音にかき消されそうな二人の会話。
紫陽花の鮮やかな青に見送られながら、キースラインは思った。
花を愛でる心。それを教えてくれたのは、隣にいるこの少女なのだと。
梅雨の湿気すらも心地よく感じるほど、二人の心は晴れやかに澄み渡っていた。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
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