第46話 絶対零度の王と、周波数翻訳
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
雪洞での一夜が明け、慎也たちは猛吹雪の中を歩き出していた。
だが、進めども進めども、景色は変わらない白銀の世界。
それどころか、風の勢いが不自然に増していく。
「おかしいな……」
ガルドが斧を構えて周囲を警戒する。
「風の向きが変だ。まるで、俺たちをここから先へ進ませないように吹いてやがる」
その時。
ゴオオオオオ……!
地響きと共に、前方の氷山が割れた。
現れたのは、体長20メートルはある巨大な白銀の狼。
その体毛は氷の結晶のように輝き、吐く息は周囲の空気を瞬時に凍結させている。
「グルルルルゥゥ……!!」
狼が低い唸り声を上げた。
その咆哮だけで、周囲の空間がビリビリと震え、ガルドとエリスは耳を塞いでうずくまった。
【氷狼王フェンリル】。この極寒の地の主だ。
「デカすぎんだろ……! やるしかねぇか!」
ガルドが飛び出そうとする。
「待ってください!」
慎也がそれを制した。
「……攻撃する気配がありません。威嚇射撃にしては、殺気が薄い」
慎也は耳を澄ませた。
狼の唸り声。
普通ならただの「獣の咆哮」だが、物理オタクの慎也の耳には、それが別のものに聞こえていた。
(……この振動数。ランダムなノイズではない。規則的な変調がかかっている?)
低周波のパルス。一定の周期で繰り返される波形。
これは「唸り」ではない。「信号(言語)」だ。
「エリスさん! 風魔法で、僕の声を増幅して、特定の周波数に乗せられますか?」
「えっ? はい、出来ますけど……何を?」
「僕が言う数字に合わせて、空気を微振動させてください! 周波数20ヘルツ、変調パターンA!」
慎也は狼の前に進み出た。
狼が大きく口を開け、絶対零度のブレスを吐こうとする。
その瞬間、慎也は叫んだ。
「――『我々は、敵ではない』!」
エリスの魔法で変換された「音波」が、狼へと飛ぶ。
ピタリ。
狼の動きが止まった。
巨大な金色の瞳が、驚いたように細められる。
『……ホウ。……小サキ者ヨ。我ガ言葉ヲ解スルカ』
頭の中に直接響くような重低音。
やはり、物理的な音波を媒介にした意思疎通が可能だ。
「えっ!? 今、喋った!?」
ガルドが腰を抜かす。
慎也は眼鏡を上げる仕草をして、狼を見上げた。
「ええ。貴方の音声信号を解析しました。……ここは貴方の領土のようですね」
『イカニモ。……我ハ、古ヨリコノ地ヲ護ル者。魔王ゼノンノ手先カト思ウタガ……違ウヨウダナ』
狼は座り込み、慎也を興味深そうに見下ろした。
『人間ガ我ト話スナド、数百年ブリダ。……ソノ奇妙ナ魔術、誰ニ教ワッタ?』
「魔術ではありません。物理法則を読んだだけです」
慎也は答えた。
「貴方の吐く息は、ただ冷たいだけじゃない。周囲の『熱エネルギー』を急速に奪う吸熱反応を利用している。……非常に効率的な冷却システムだ」
『……クックック。』
狼が喉を鳴らして笑った。
『我ガ「息吹」ヲ、システムト呼ブカ。……面白イ男ダ』
敵意が消えた。
フェンリルは立ち上がり、巨大な鼻先を慎也に近づけた。
慎也は怯まず、その冷たい鼻先に手を触れた。
『名ハ何ト言ウ?』
「キースライン。……今は、ただの旅人です。……魔王ゼノンによって、ここへ飛ばされました」
『ナルホド、ゼノンか……。奴ハ「理」ヲ歪メル者。我モ奴ヲ快クトハ思ッテオラン』
フェンリルは、遥か彼方の空を見つめた。
『ダガ、オ前ハ違ウ。オ前ハ理ヲ知リ、ソレト共存シヨウトシテイル。……ダカラコソ、教エテヤロウ。コノ地ノ「正体」ヲ』
フェンリルは背中を向けた。
『乗レ。……世界ノ果テマデ案内シテヤロウ』
慎也たちは、フェンリルの背に乗り、雪原を疾走した。
やがて辿り着いたのは、大地の切れ目――断崖絶壁だった。
「うわっ……!?」
ガルドが下を覗き込み、悲鳴を上げた。
そこには海も地面もなかった。
あるのは、遥か眼下に広がる「雲海」だけ。
「……雲が、下にある?」
慎也は呆然とした。
「計算通りなら、ここは標高1万メートルを超えている……」
『ソウ。ココハ天空ニ浮カブ島。魔王ゼノンガ、邪魔ナ我ラヲ地上カラ切リ離シ、空ヘト追放シタ「監獄島」ダ』
だから寒かったのだ。空気が薄いのも、高高度ゆえだ。
物理的に隔離された空の孤島。
「……詰んだじゃねぇか!」
ガルドが頭を抱える。
「空を飛ぶ魔法なんてねぇぞ! 落ちたら即死だ!」
『案ズルナ。……風ハ、巡ル』
フェンリルは、断崖の一角を指し示した。
そこには、島から溢れ出した氷河が崩れ落ちている場所があったが、砕けた氷塊の一部が、落下せずに特定のルートを通って舞っている。
『アソコニハ、地上カラ吹キ上ゲル「竜ノ風(上昇気流)」ト、島カラ吹キ降ロス「神ノ息(下降気流)」ガ交差スル一点ガアル』
フェンリルは慎也を見た。
『オ前ナラ見エルハズダ。風ノ道ガ』
慎也は目を凝らした。
眼鏡の奥の瞳が、乱気流のベクトルの渦を解析する。
(……見える。無秩序に見える風の中に、一本だけ安定した下降気流のラインがある。あそこに乗れば、滑空するように地上へ降りられる!)
「……見えました。ジェットコースターよりもスリリングな滑り台ですね」
慎也はニヤリと笑った。
これこそが、この地を支配する王からの贈り物だった。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




