第44話 氷点下の熱伝導と、生存のための密着
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
転移の光が収まると、そこは白銀の地獄だった。
視界を埋め尽くす猛吹雪。気温はマイナス30度を下回っている。
「……うぅ」
慎也は雪の中から這い出した。
「ここ、は……? ガルドさん! エリスさん!」
返事はない。
どうやら魔王の転移魔法によって、仲間たちはバラバラに飛ばされたようだ。
慎也は眼鏡が凍りつくのを感じながら、周囲を見渡した。
「……あ!」
数メートル先に、白い塊が倒れていた。
エリスだ。
彼女は薄い法衣一枚で、雪に埋もれかけていた。
「エリスさん! しっかりしてください!」
慎也は彼女を抱き起こした。
体が氷のように冷たい。意識はあるようだが、唇は紫色に変わり、ガタガタと震えている。
「さ、さむ……い……。魔法が……使え、ない……」
この領域は「魔素」が極端に薄いのか、あるいは結界か。彼女の生命線である魔法が封じられているようだ。
このままでは、数十分で低体温症により死に至る。
(計算しろ。生存確率は……今の装備では0%に近い)
慎也の脳が警鐘を鳴らす。
だが、諦めるわけにはいかない。
「……避難所を作ります」
慎也は聖剣を使い、硬く締まった雪を切り出した。
日本の知識にある「イグルー(雪洞)」の建造だ。
ドーム状に雪のブロックを積み上げ、隙間を雪で埋める。
物理演算による完璧な構造計算により、わずか10分ほどで堅牢なシェルターが完成した。
***
イグルーの中は、外の暴風雪が嘘のように静かだった。
だが、寒さは変わらない。
慎也は持っていたマントを床に敷き、エリスを寝かせた。
「……うぅ……寒い……」
エリスの震えが止まらない。
慎也は自分の上着を掛けたが、効果は薄い。彼女自身の体温が下がりすぎており、これ以上の保温は意味がないのだ。
外部熱源が必要だ。だが、火をおこす薪はない。
(……熱源は、ここにある)
慎也は自分の体を見た。
勇者の肉体は頑丈で、代謝も高い。今も燃えるような生命活動を続けている。
(……やるしかないのか)
慎也の顔がカッと熱くなった。
論理的には正解だ。
「熱力学第二法則」。熱は高温物体から低温物体へと移動する。
二人が密着し、接触面積を最大化することで、彼女の体温を回復させる。
だが、相手は聖女だ。
しかも、自分は中身がウブな高校生だ。
……しかし、躊躇していれば彼女は死ぬ。
「……エリスさん」
慎也は覚悟を決めた。
「今から、貴方を温めます。……少し、失礼なことをしますが、許してください」
「え……?」
エリスが虚ろな目を開ける間もなく、慎也は彼女の横に潜り込んだ。
そして、彼女の冷え切った体を、正面からギュッと抱きしめた。
「ひゃぅっ!?」
エリスが小さく悲鳴を上げる。
「ご、ごめんなさい! でも、こうしないと死んでしまいます!」
慎也は必死に弁明しながら、さらに強く抱き寄せた。
腕の中に、彼女の柔らかな感触と、凍えるような冷たさがある。
「……キース、ライン……?」
エリスは最初、驚いて身を硬くしたが、すぐに慎也から伝わる圧倒的な「熱」に気づいた。
温かい。
ストーブのような力強い熱量が、服越しにじんわりと染み込んでくる。
「……温かい……です」
エリスの強張りが解け、彼女の方からも慎也の背中に腕を回してきた。
二人は小さな雪洞の中で、一つの塊のように密着した。
沈黙。
外は吹雪の音。中は二人の呼吸音と、早すぎる心臓の音だけ。
(……まずい。意識が飛びそうだ)
慎也の理性(CPU)は限界だった。
密着度が高すぎる。彼女の吐息が首筋にかかり、柔らかい胸が押し付けられている。
熱力学の実験どころではない。生物学的な本能が暴走しそうだ。
「……キースライン」
エリスが、胸元でぽつりと呟いた。
「……ドキドキ、してますね」
「っ! す、すみません! これは自律神経の交感神経が活発化しているだけで……!」
「ふふ。……私もです」
エリスは少しだけ顔を上げ、至近距離で慎也を見つめた。
その瞳は、熱を取り戻し、とろんと潤んでいる。
「……貴方がいてくれて、よかった。……貴方が勇者で、本当によかった」
その言葉は、どんな勲章よりも慎也の胸を熱くした。
彼は無言で、抱きしめる腕に力を込めた。
もう、邪な気持ちをごまかす必要はない。
ただ、大切な人を守りたい。その想いだけで、彼は彼女を温め続けた。
***
翌朝。
吹雪は止み、快晴の空が広がっていた。
イグルーから出てきた二人は、頬を赤く染めながら、微妙な距離感で歩いていた。
「……あ、あの。昨夜のことは……」
慎也が切り出すと、エリスは食い気味に答えた。
「緊急避難措置、ですよね! 医療行為です! 忘れてませんけど、ノーカウントです!」
「は、はい! 医療行為です!」
二人は顔を見合わせ、そして同時に吹き出した。
遠くから、「おーい! 生きてるかー!」というガルドの声が聞こえてくる。
合流したガルドは、妙にツヤツヤした二人の顔を見て、ニヤリと笑った。
「へぇ。……随分と『熱い』夜を過ごしたようだな?」
「ち、違います!!」
二人の声が見事にハモった。
極寒の地でのサバイバルは、二人の体温と心の距離を、不可逆的に縮めてしまったようだった。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




