第4話 勇者、実家へ帰還する
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
屈辱の電車移動(鉄の箱に寿司詰めなど、家畜の扱いだ!)を経て、キースラインはどうにか「齋藤慎也の家」へと辿り着いた。
学生証に書かれた住所と、駅前の交番という施設のおかげだ。衛兵(警察官)は意外に親切だった。
目の前にあるのは、こじんまりとした一軒家。
魔王城どころか、部下の住む屋敷よりも遥かに狭い。
(……これが、俺の城か。まるで独房だな)
溜息をつきつつ、キースラインは扉の前に立った。
取っ手を掴み、ガチャガチャと乱暴に揺らす。開かない。
「ええい、結界か!?」
苛立ち紛れにドンドンと扉を殴りつけていると、内側からガチャリと音がして、扉が開いた。
「もう、何やってんの慎也! チャイム鳴らしなさいよ、壊れるでしょ!」
現れたのは、エプロン姿の中年女性――慎也の母だった。
彼女は眉をひそめて、呆れたように息子(の中身)を見上げている。
(……ふむ。この女が、この体の『母親』か)
キースラインは値踏みするように彼女を見下ろした。
戦闘能力は皆無。魔力も感じない。ただの非力な平民だ。
だが、今の自分を庇護する存在である以上、無下にはできない。神との契約もある。
キースラインは、精一杯の愛想笑い(顔面が引きつっただけ)を浮かべた。
「……帰還したぞ、母よ」
「はいはい、おかえり。……なにその偉そうな言い方。反抗期?」
母はため息をつきながら背を向けた。
「模試で疲れたんでしょ。ご飯できてるから、手洗ってきなさい」
家の中に入ると、そこは異様な空間だった。
靴を脱ぐという作法は、玄関の段差でなんとなく察した。だが、廊下の壁紙の白さや、天井で煌々と輝く光(照明器具)は、魔道具の技術がどれほど発達しているのかと、キースラインを警戒させるに十分だった。
リビングに通されると、テーブルの上には湯気を立てる皿が置かれていた。
茶色い泥のようなソースがかかった、白米の山。
横には、黒い塊がゴロリと転がっている。
「……なんだ、これは」
キースラインは椅子に座り、怪訝な顔で皿を指差した。
「なにって、ハンバーグカレーだけど。慎也の好物じゃない」
「ハン……バーグ?」
聞いたことのない魔獣の名だ。
だが、腹は減っている。勇者の体と違い、この貧弱な肉体は燃費が悪いらしく、胃袋がキリキリと痛んでいた。
キースラインは「スプーン」と呼ばれる金属のヘラを握りしめ、茶色い泥と白米を掬い上げた。
(毒見はしていないが……まあいい。食わねば死ぬ)
覚悟を決めて、口に運ぶ。
「――っ!?」
衝撃が、脳天を貫いた。
美味い。なんだこれは。
濃厚なコクと、複雑に絡み合う香辛料の刺激。そして噛み締めた黒い塊から溢れ出す、暴力的なまでの肉汁。
王宮の晩餐会で出される最高級のオーク肉のステーキすら、この味には及ばないかもしれない。
「……どう? 今日はちょっと奮発して、高いお肉使ったんだけど」
母が心配そうに覗き込んでくる。
キースラインは震える手でスプーンを握り直し、ガツガツと皿にかっ込んだ。
「見事だ……! 母よ、貴様は宮廷料理人になれるぞ!」
「はあ? なに言ってんの、あんた」
「この茶色いソースの深み、そして肉の焼き加減! これほどの馳走、戦勝祝いでもなかなかお目にかかれん!」
ガツッ、ガツッ、と野生児のように貪り食う息子を見て、母は少し引いていた。
「……なんか、今日の慎也、変ね。いつもはスマホいじりながらダラダラ食べるのに」
「スマホなど知らん! おかわりだ! この肉をもう一枚持ってこい!」
「はいはい、野菜も食べなさいよ」
皿を差し出すキースラインの顔には、先ほどまでの不機嫌さは微塵もなかった。
うまい飯の前では、勇者もまた無力。
神の警告などなくとも、この「母」という料理人との関係を良好に保つことは、キースラインにとって最優先事項となったのだった。
――ただし。
その夜、風呂の使い方がわからず、熱湯を浴びて裸で絶叫し、再び母に怒られることになるのだが。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
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