第38話 共振周波数と、重なる手
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
巨大な城壁の前で、慎也たちは野営を続けていた。
慎也が考案した「共振破壊装置」――巨大な金属製の音叉を、城壁の基礎部分に設置する作業が大詰めを迎えていた。
深夜。ガルドはテントで寝ているが、慎也はまだ作業を続けていた。
魔大陸特有の重い重力下での微調整。1ミリのズレも許されない。
「……くっ、このネジ、硬いな」
慎也はスパナを握りしめ、音叉の固定具と格闘していた。
重力のせいで工具も重く、疲労が溜まった腕が震える。
「手伝います、キースライン」
そこへ、夜食のスープを持ったエリスがやってきた。
「エリスさん。すみません、まだ起きていたんですか?」
「貴方が頑張っているのに、私だけ寝られませんよ。……そこ、支えていればいいですか?」
エリスはスープを置き、慎也の横に並んだ。
狭い足場。二人の肩が触れ合う距離だ。
彼女の法衣から、ふわりと甘い香りが漂う。バレンタインのチョコの香りではない、彼女自身の清らかな香りだ。
(……集中しろ。これは物理実験だ)
慎也は雑念を払い、指示を出した。
「じゃあ、この支柱を抑えていてください。僕がボルトを締めます」
「はいっ」
エリスが支柱に手を伸ばす。
慎也もまた、その少し上を握り込む。
ギュッ。
――あ。
偶然、慎也の手がエリスの白い手の上に重なった。
「っ……!」
エリスの肩がビクッと跳ねる。
だが、彼女は手を引かなかった。
慎也の少しゴツゴツした手(勇者の肉体)が、彼女の華奢な手を包み込んでいる形だ。
「あ、すみま……」
慎也が離そうとした時、エリスが小さな声で言った。
「……そのままで。固定、しなきゃいけませんから」
「……はい」
そのまま作業が続く。
手のひらから伝わる熱。
慎也の心拍数が上がり、それが指先に伝わってしまうのではないかと気が気ではない。
そして、運命の悪戯は起きた。
最後のボルトを締めようと、慎也が体重をかけた瞬間。
「重力異常」のゆらぎが、不意に強まったのだ。
「うおっ!?」
急激に重くなったGに耐えきれず、スパナが滑った。
慎也の体がバランスを崩し、エリスの方へ倒れ込む。
「きゃっ!?」
エリスも支えきれず、二人はもつれ合うようにして地面(敷いてあった毛布の上)に転がった。
ドサッ。
重い衝撃。しかし、痛みはなかった。
慎也の下には、柔らかい感触があったからだ。
「……あ、う……」
慎也が目を開けると、目の前には真っ赤な顔をしたエリスの顔があった。
そして、自分の右手は――。
あろうことか、聖女様の豊かな胸の膨らみを、しっかりと鷲掴みにしていた。
「~~~~っ!!??」
二人の思考が同時に停止した。
物理演算エラー。弾性係数、測定不能。柔らかさ、無限大。
「あ、あの、これは! 重力加速度の急激な変化による不可抗力で……慣性の法則が……!」
慎也はパニックになりながら、わけのわからない言い訳を口走った。
だが、すぐに手を離そうにも、体が密着しすぎて動けない。
エリスは涙目になりながら、しかし抵抗せずに慎也を見上げた。
「……キースライン」
「は、はい!」
「……重いです」
「すみません!」
慎也が慌てて飛び退くと、エリスはむくりと起き上がり、乱れた法衣を直した。
怒られる。平手打ちか、聖なる光で浄化されるか。
慎也が覚悟を決めて目を閉じると――。
「……もう。ドジなんですから」
聞こえてきたのは、怒号ではなく、少し呆れた、けれど甘い響きを含んだ声だった。
「怪我は、ないですか?」
「は、はい。エリスさんこそ……」
「私は……クッションになりましたから、大丈夫です」
クッション。
その言葉に、先ほどの感触が蘇り、慎也は再び赤面した。
気まずい沈黙。
だが、それは嫌な沈黙ではなかった。
二人は並んで座り、少し冷めたスープを飲み始めた。
「……あの、キースライン」
「はい」
「この壁を越えたら、いよいよ魔王城ですね」
「ええ。……必ず、終わらせます」
「終わったら……どうするんですか?」
エリスが、探るような瞳で聞いてきた。
慎也は夜空を見上げた。
「元の世界に帰る方法を探します。……でも」
彼は言葉を切り、エリスを見た。
「貴方が無事に平和に暮らせるようになるまでは、僕はここを離れません。……これは、契約じゃなく、僕の意志です」
「……はい」
エリスは嬉しそうに微笑み、そっと自分の手を慎也の手に重ねた。
今度は、アクシデントではない。彼女の意志で。
「信じてます。……私の、勇者様」
その夜。
設置された「共振装置」が、ブゥゥゥン……と低い唸りを上げ始めた。
それは城壁を揺らす破壊の音色だったが、二人にとっては、重なり合った心臓の鼓動のように聞こえていた。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




