第32話 海上の変数、心のゆらぎ
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
船は、荒れ狂う海原を進んでいた。
波の高さは3メートル。甲板は常に激しく傾き、立っているだけで体力を消耗する。
「……うっぷ」
慎也は手すりに掴まり、青い顔をしていた。
船酔いではない。脳内の処理落ちだ。
目の前で、波しぶきを浴びて濡れたエリスが、心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫ですか、キースライン? 顔色が……」
「だ、大丈夫です! 近寄らないでください! ……あ、いえ、安全のために!」
濡れた服が体に張り付く。その視覚情報が、またしてもあの夜の光景をフラッシュバックさせる。
(くそっ……集中しろ! 重心制御! 波の周期Tを計算……!)
その時。
ドォォォン!!
船底から突き上げるような衝撃が走り、船体が大きく傾いた。
「敵襲だぁぁぁ!」
船員が叫ぶ。
海面から、ぬらりと光る巨大な触手が無数に飛び出した。
大王イカ(クラーケン)だ。
「キース! やるぞ!」
ガルドが斧を構えるが、船の揺れで足元がおぼつかない。
「ちっ、陸の上ならこんな生臭いタコ野郎、一撃なんだがよぉ!」
慎也も聖剣を抜く。
だが、状況は最悪だった。
(足場が安定しない。摩擦係数が変わる。おまけに……敵の本体は海中だ)
触手は変幻自在に動き、こちらの攻撃を避けつつ、死角から鞭のようにしなる。
慎也は演算を試みる。
(触手の質量m、速度v……来る! 右舷40度!)
バシュッ!
触手が慎也を襲う。
回避行動。いつもなら完璧にかわせるはずだ。
だが――
ザバァァァン!
巨大な波が船を襲い、甲板が大きく傾いた。
「――っ!?」
計算外の傾斜(変数)。
慎也の足が滑った。
「しまっ……」
体勢を崩した慎也の脇腹に、触手の一撃が入る。
ドゴッ!
「ぐぅっ……!」
吹き飛ばされ、マストに激突する。
回復魔法が効かない体には、痛すぎる一撃だ。
「キースライン!」
エリスが駆け寄ろうとするが、別の触手が彼女を狙った。
「きゃっ!?」
彼女は結界を張って防いだが、衝撃で甲板に倒れ込む。
海水で濡れそぼった姿が、視界に入る。
(――あ)
まただ。
戦闘中なのに、彼女のラインに目が行ってしまう。
自分の不甲斐なさと、男としての未熟さが、さらに思考を鈍らせる。
(何やってるんだ僕は……! 波に翻弄され、煩悩に邪魔され……これじゃただの足手まといだ!)
触手が追撃を加えてくる。
逃げ場のない甲板。海中に潜む本体は見えない。
絶体絶命。
だが、その極限状態で、慎也の脳裏にある「数式」が閃いた。
(……待てよ。波は『邪魔なノイズ』じゃない)
物理学において、波とはエネルギーの伝播だ。
船の揺れもまた、巨大な運動エネルギーの塊。
(逆らおうとするから、計算が狂うんだ。……受け入れろ。この揺れも、心の動揺も、すべて『初期条件』に組み込め!)
慎也は目を閉じた。
足の裏で、船の動きを感じる。
右へ傾く。次は左へ。周期的なサインカーブ。
――今だ。
船が大きく左へ傾き、復元力で右へ戻ろうとする瞬間。
慎也はその「揺り戻し」の力に合わせて、地面を蹴った。
「相対速度加算・慣性ドリフト!」
自身の脚力+船の揺れる速度。
二つのベクトルを合成した慎也の体は、弾丸のような速度で触手に肉薄した。
不安定な足場を逆手に取った、変則的な超加速。
ズパァァァン!!
聖剣が一閃。
太い触手が輪切りになり、空を舞う。
「見えたぞ、本体!」
慎也は切断した触手の断面から吹き出す体液の角度を見て、海中の本体の位置を特定した。
光の屈折で目視できなくても、流体力学は嘘をつかない。
「ガルドさん! 右舷前方、海面下5メートル!」
「おうよ! 待ってましたぁ!」
ガルドが渾身の力で斧を海面に叩きつける。衝撃波が水を割り、隠れていた巨大な頭部が露出した。
「今です! エリスさん、最大火力の雷撃を!」
「はいっ! 《サンダーボルト》!」
海水という最高の導体を伝って、高圧電流がクラーケンを直撃する。
海が白く発光し、巨大な怪物は痙攣して沈んでいった。
***
「……はぁ、はぁ……」
戦闘終了。
慎也はマストにもたれかかり、荒い息を吐いていた。
脇腹が痛む。だが、勝った。
「やれやれ……ヒヤヒヤさせやがって」
ガルドがニカっと笑い、背中を叩いてきた。
「だが、最後の動きは凄かったな。まるで波と友達になったみたいだったぜ」
「……友達、ですか。ただ、流されただけですよ」
慎也は苦笑いをして、エリスの方を見た。
彼女もまた、無事でよかったと微笑んでいる。
その姿を見ても、もう思考停止することはなかった。
心の「ゆらぎ」もまた、自分の一部として受け入れる覚悟ができたからだ。
(青春の悩みも、計算式の一部……か。難しいな、物理より)
船は揺れ続ける。
だが、慎也の足取りは、先ほどよりも少しだけしっかりとしていた。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




