第30話 演算エラー:青春ノイズ
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
魔王城がある大陸へ渡るため、一行は港町ヴェルグに滞在していた。
活気あふれる港の酒場。
しかし、慎也の様子がおかしい。
「……おいキース。醤油とソース、どっち取るんだ?」
「え? あ、はい。……質量保存の法則により……その、白くて滑らかな……」
「あ?」
「い、いえ! 何でもありません!」
慎也は真っ赤になって水をがぶ飲みした。
ダメだ。頭から離れない。
月明かりに照らされたエリスの背中。水滴。振り返った瞬間の恥じらいの表情。
それらがフラッシュバックするたびに、思考回路がショートする。
(集中しろ! 僕は勇者だ! ……でも、すごかったな……いやいやいや!)
そんな慎也の横で、エリスもまた無言でパンをちぎっていた。
彼女も耳が赤い。目が合うたびに、二人は「ひっ」と息を呑んで視線を逸らす。
その挙動不審ぶりは、誰が見ても「何かありました」と言っているようなものだった。
――そんな生温かい空気を、荒くれ者たちが引き裂いた。
「おいおい、嬢ちゃん。そんなガタイのいい男より、俺たちと遊ばないか?」
酔っ払った船乗りたちが、エリスに絡んできたのだ。
典型的なトラブル。普段の慎也なら、秒速で制圧して終わる案件だ。
「……やめてください」
慎也が立ち上がる。
「怪我をしたくなければ、下がって……」
「うるせぇ!」
船乗りがいきなりビール瓶を振り下ろした。
単純な軌道。速度も遅い。
慎也の目には、その動きがスローモーションに見えるはずだった。
(……軌道予測、完了。右へ30センチ回避して、カウンターを……)
その時。
ふと、エリスの心配そうな顔が視界の端に入った。
――『お肌、綺麗でした』
自分の最低な発言と、その時の彼女の艶めかしい姿が脳裏をよぎる。
【警告:メモリ不足。演算処理に遅延が発生しました】
「――え?」
ガシャァァン!!
回避動作がワンテンポ遅れた。
ビール瓶が慎也の頭で砕け散った。
「キース!?」
エリスが悲鳴を上げる。
痛みはない。勇者の肉体は頑丈だ。だが、ビールまみれになった慎也は呆然としていた。
(当たった……? こんな単純な攻撃が?)
「へっ、なんだ見掛け倒しかよ!」
船乗りたちが調子に乗って殴りかかってくる。
慎也は応戦しようとするが、体が思うように動かない。
思考に「ノイズ(煩悩)」が混じり、いつもの精密な物理演算が成立しないのだ。
パンチをかわし損ね、蹴りを入れようとして足がもつれる。
「おいおい、どうしたキース! 酔っ払ってんのか!?」
見かねたガルドが割って入り、船乗りたちをまとめて店の外へ放り投げた。
あっという間に喧嘩は終わったが、ガルドは厳しい目で慎也を見た。
「……お前、鈍ってるぞ。昨日の今日で、気が抜けてんのか?」
「す、すみません……」
慎也はうなだれた。返す言葉もない。
回復魔法が効かない体で、回避ミスは死活問題だ。このままでは、強敵と戦うどころではない。
店を出た後、波止場のベンチで慎也は落ち込んでいた。
そこへ、エリスがやってきた。
「……キースライン」
「エリスさん。……合わせる顔がありません。あんな雑魚相手に被弾するなんて」
「……私のせい、ですよね?」
エリスは隣に座った。
「貴方が動揺しているのは、昨夜の……その、私の不注意のせいです」
二人の間に沈黙が流れる。
だが、エリスは深呼吸をして、パンと自分の頬を叩いた。
「忘れましょう!」
「え?」
「昨日のことは、全部忘れました! 私は見てないし、貴方も見てない! いいですね!?」
彼女は顔を真っ赤にしながらも、力強く宣言した。
「貴方がそんな調子だと……私、怖くて背中を預けられません。……守ってくれるんでしょう? 私のこと」
その言葉に、慎也はハッとした。
そうだ。恥ずかしがっている場合じゃない。
自分が思考停止している間に、彼女が傷つくかもしれないのだ。
「恥」よりも「守る意志」を優先させなければ、男じゃない。
「……はい」
慎也は眼鏡のない位置を押し上げ、気合を入れ直した。
「忘れます。……メモリから完全に消去します」
「よろしい。……まあ、消去しなくても、フォルダの奥深くにしまっておくくらいなら、許しますけど……」
最後の方は聞き取れないほどの小声だった。
慎也は立ち上がった。
まだ脳内のCPU使用率は高いままだが、優先順位の再設定は完了した。
【最優先事項:聖女の護衛】
【保留事項:青春の思い出】
「行きましょう。船が出ます」
慎也の目から迷いが消え、いつもの理知的な光が戻っていた。
こうして、思春期男子にとって最大の障壁(ムッツリスケベ心)を乗り越え、一行はいよいよ海へと漕ぎ出すのだった。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




