第28話 聖女の沐浴と、思春期の不可抗力
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
魔将軍メフィストとの知恵比べを制した夜。
一行は湖畔から少し離れた森の中で野営をしていた。
深夜。見張り番は慎也の担当だった。
焚き火の爆ぜる音と、ガルドの豪快なイビキだけが響いている。
慎也は膝の上で医学書を広げていたが、内容は頭に入ってこなかった。
(……眠い。それに、少し蒸し暑いな)
魔王領に近いこの森は、夜でも湿気が多い。
慎也は顔を洗って目を覚まそうと、静かに立ち上がった。
近くに小さな湧き水があったはずだ。
草木をかき分け、水音がする方へと歩く。
月明かりが差し込む、小さな泉に出た。
そこで、慎也は見てしまった。
「~~♪」
美しい鼻歌。
そして、月光を反射して白く輝く、滑らかな背中。
「……っ!?」
慎也の思考回路(CPU)が、一瞬でフリーズした。
聖女エリスだ。
彼女は法衣を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿で泉に浸かり、身体を清めていたのだ。
(あ……あ……)
逃げなければならない。理性はそう叫んでいる。
だが、本能が目を離させてくれない。
濡れた金髪が肌に張り付き、水滴が鎖骨から豊かな胸のラインへと滑り落ちる。
その光景は、どんな芸術品よりも美しく、そして破壊的だった。
(物理演算不能。……美しさの数値化、エラー発生……!)
日本の高校生にとって、刺激が強すぎた。
心拍数が急上昇し、顔から火が出るほどの熱が集まる。
その時。
バキッ。
慎也の足が、乾燥した枝を踏み抜いた。
静寂な森に、乾いた音が響き渡る。
「――誰!?」
エリスが弾かれたように振り返った。
バッ! と咄嗟に胸元を腕で隠すが、その恥じらいのポーズが余計に艶めかしい。
視線が交差する。
固まる慎也。
目を見開くエリス。
数秒の沈黙の後、慎也は日本人の本能に従って動いた。
ザザァァァーッ!!(スライディング土下座)
「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」
慎也は地面に額を擦り付けた。かつてない速度とキレの土下座だった。
「ち、違うんです! 決して覗くつもりでは! 顔を洗いに来たら、その、偶然……!」
「……キース、ライン……?」
エリスの声が震えている。羞恥と、混乱で。
通常なら、ここで悲鳴を上げるか、魔法で黒焦げにするところだ。
だが、最強の勇者が、地面にめり込む勢いで震えている姿を見て、彼女は毒気を抜かれてしまった。
(この人……本当に覗くつもりじゃなかったのね)
かつてのキースラインなら、「減るもんじゃなし、見せろ」と堂々と近づいてきただろう。
だが今の彼は、耳まで真っ赤にして、生まれたての子鹿のように震えている。
その姿は、歴戦の勇者というよりは――まるで、ウブな少年のようだった。
「……顔を上げないでくださいね」
エリスは努めて冷静な声を出した。
「今、上がりますから。……絶対に、見ないでくださいよ?」
「は、はい! 誓って! 網膜を閉じます!」
「瞼を閉じてください」
水音がし、衣擦れの音が響く。
慎也にとっては、その「音」だけで想像力が掻き立てられ、拷問に近い時間だった。
(神様……これも試練ですか……。刺激が強すぎて、寿命が縮んだ気がします……)
「……もういいですよ」
ようやく声がかかり、慎也は恐る恐る顔を上げた。
そこには、法衣を急いで着込み、髪を濡らしたままのエリスが立っていた。
月明かりの下、彼女の頬もまた、林檎のように赤く染まっている。
「……あの、その。……お肌、綺麗でした」
極限のパニック状態で、慎也の口から最低かつ正直な感想が漏れた。
「っ……! バカ!」
バシャッ!
エリスは泉の水を慎也にひっかけ、逃げるように走り去っていった。
「もう! 先に寝ますからね!」
残された慎也は、冷たい水を浴びて呆然としていた。
だが不思議と、嫌な気分ではなかった。
殺伐とした異世界で、初めて「命のやり取り」ではない、人間らしい(男らしい)動揺を味わったからかもしれない。
翌朝。
腫れぼったい目のエリスと、挙動不審な慎也。
何も知らないガルドだけが、「お前ら、なんか雰囲気変わったな?」と能天気に笑っていた。
二人の間には、昨日までとは違う、少し甘酸っぱい「共犯関係」が生まれていた。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




