第20話 魔軍の先触れ
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
神域から戻って数日。
一行は、国境付近の渓谷を進んでいた。
切り立った崖に挟まれた一本道。冷たい風が吹き抜ける難所だ。
「……計算終了。風速12メートル、湿度40%。足場の摩擦係数は……」
先頭を歩く慎也は、ブツブツと独り言を続けている。
もはやそれは癖になっていた。
周囲の環境情報を常に数値化し、不測の事態に備える。それが、今の彼の「常在戦場」のスタイルだ。
「相変わらず不気味だな……」
後ろを歩くガルドが呆れたように呟く。
「だが、隙がねぇ。以前のアンタは殺気ダダ漏れで歩いてたが、今は『石ころ』みたいに気配がねぇんだ」
ガルドの評価は的確だった。
慎也は無意識に「目立たないように」振る舞う現代人の処世術と、物理演算による最適化された動きを融合させ、気配を消す術を身につけつつあった。
その時だった。
ピタリ、と慎也の足が止まった。
「……来ます」
「あ?」
「前方100メートル。……質量反応、極大」
慎也が警告を発した直後、前方の空間が歪んだ。
ドォォォォン!!
黒い雷と共に、巨大な影が渓谷に降り立った。
漆黒の鎧に身を包み、背中から蝙蝠のような翼を生やした男。
魔王軍四天王直属の配下、魔将軍・ベルグである。
「久しいな、勇者キースライン」
ベルグは、岩をも砕くような重低音で笑った。
「貴様が腑抜けたという噂を聞いて、首を取りに来てやったぞ。……なんだその弱々しい構えは? 舐めているのか?」
ベルグが巨大な魔剣を抜き放つ。
その殺気だけで、僧侶のミナが腰を抜かした。
ガルドですら、冷や汗を流して斧を握りしめている。
「ヤベェぞ……こいつは本物だ。俺たちじゃ足止めもできねぇ」
だが、慎也は動かなかった。
恐怖がないわけではない。心臓は早鐘を打っている。
しかし、脳裏の「計算機」は冷静に稼働し続けていた。
(敵との距離、15メートル。武器の長さ、約2メートル。筋量から推測されるスイング速度は……秒速80メートル以上)
慎也は眼鏡を上げる仕草をした。
「……腑抜けた、ですか」
慎也は静かに聖剣を構えた。
「あいにくですが、今の僕は『学習中』でしてね。……貴方のような強敵は、またとない参考書だ」
「減らず口をぉぉ!!」
激昂したベルグが地面を蹴った。
速い。ガルドの比ではない。音速に近い踏み込みで、一瞬にして間合いを詰めてくる。
魔剣が横薙ぎに閃く。岩壁ごと慎也を両断する軌道。
――死ぬ。
普通なら、反応する前に終わっている。
だが、慎也には見えていた。
物理法則に従って動く以上、そこには必ず「予備動作」と「力のベクトル」が存在する。
(右足の踏み込み深度7センチ。重心は前方へ傾斜。……来る!)
「作用・反作用の法則(ニュートン第三法則)!」
慎也は魔剣を受け止めず、自ら飛び込んだ。
敵の剣の腹に、聖剣の切っ先をピンポイントで合わせる。
そして、相手の運動エネルギーを殺さず、わずかに角度だけをズラした。
キィィィィン!!
高周波のような音が響く。
ベルグの必殺の一撃は、慎也の髪の毛数本を切り飛ばし、背後の岩壁を粉砕した。
慎也は無傷。それどころか、力の流れを利用してベルグの懐に入り込んでいた。
「なっ……!?」
ベルグが驚愕に見開いた目の前に、慎也の掌底があった。
「衝撃力=力積!」
ドォォォォォン!!
ゼロ距離からの掌底打ち。
ただの力任せではない。全身のバネと、相手が突っ込んできた勢いを合算した、物理的に「痛い」一撃。
ベルグの巨体が、砲弾のように吹き飛び、反対側の崖にめり込んだ。
「……馬鹿な」
ベルグは崖に埋まったまま、血を吐いた。
「魔力も……気迫も感じなかった……。なのに、なぜ俺が押し負ける……?」
理解不能。
勇者特有の「光のオーラ」もなければ、魔法障壁もない。
ただ、理不尽なまでの「理詰め」によって、魔将軍の暴力が無効化されたのだ。
「……ふぅ。計算通り」
慎也は冷や汗を拭い、残身をとった。
「次はどうしますか? 僕はまだ、『積分』を使った回避機動も試したいんですが」
その言葉に、ベルグは戦慄した。
こいつは、何だ?
かつてのキースラインは「力」の化身だった。
だが今のこいつは、得体の知れない「何か」だ。戦えば戦うほど、こちらの常識が通用しなくなる。
「……チッ、今日は引いてやる!」
ベルグは翼を広げた。
「だが覚えておけ! 魔王様は貴様のその『変化』を危惧しておられる! 次は軍団を率いて潰してやるぞ!」
捨て台詞を残し、黒い影は空の彼方へ消え去った。
静寂が戻る。
仲間たちは、口を開けたまま慎也を見ていた。
「……勝っちまった」
ガルドが呟く。
「しかも、魔法なしで。……おいキース、お前さっき何て言った? テキスト? 積分?」
「あ、いえ……独り言です」
慎也ははにかんだ。
だが、その手はまだ震えていた。
(怖かった……。計算が一瞬でも遅れていたら、死んでた)
しかし、勝った。
日本の知識と、異世界の肉体。この二つが噛み合えば、魔王軍とも渡り合える。
その事実は、慎也に大きな自信を与えた。
「さあ、行きましょう。……強くなるための旅は、まだ始まったばかりですから」
背中を見せて歩き出す慎也。
その後ろ姿は、かつての暴君よりも遥かに大きく、頼もしく見えた。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




