第16話 反省~Side黒~
コミティアから帰宅したときにはすでに20時を回っていた。
俺は自室で机に向かっていた。
体が、重い。疲れた。すごく、疲れた。
朝5時起きで、会場設営。
6時間、ずっと立ったり座ったりしてた。
声をかけた。
でも、売れなかった。
そして撤収作業。在庫26冊を段ボールに詰める。
重い。
家まで運ぶ。
電車に乗って帰宅だ。ラッシュにぶつかり立ちっぱなし。
……もう、限界。
ベッドに倒れこみたい。
でも――
眠れない。
悔しい。
悔しくて、悔しくて。
目の前には、『隣の席の吸血鬼』。
俺たちの同人誌第1作。処女作だ。
コミティアで4冊売れた。そして、26冊、在庫が残った。
なぜ、売れなかったのか。
感情的には、悔しい。
でも、今は感情を後回しにして、冷静に、論理的に分析したい。
分析しないと、眠れない。
何が悪かったのか。
何が足りなかったのか。
俺は、ノートを開く。
分析メモを書き始める。
『隣の席の吸血鬼』失敗分析。
◆
まず、売れるようにするには、何が必要なのか考える。
本を売る。
誰かに、買ってもらう。
そのためには――
どうすればいいんだろう。
ネットで調べる。
「商品を売る プロセス」
検索結果が出る。
『AIDMA』
……AIDMAモデル?
Attention(注意)、Interest(興味)、Desire(欲求)、Memory(記憶)、Action(行動)。
消費者が商品を買うまでのプロセスを表したモデル。
……なるほど。
こういうのがあるのか。
なろうで小説を書くときも、無意識にやってた。
タイトルで注意を引く。
あらすじで興味を持たせる。
本文で欲求を刺激する。
ブックマークで記憶させる。
続きを読む、という行動を起こさせる。
でも――
今回は、全然できてなかった。
俺は、ノートにメモする。
【AIDMA分析】
◆
Attention(注意)。
まず、気づいてもらわないといけない。
会場で、俺たちのスペースに気づく。
表紙に、目を留める。
……これができてなかった。
俺たちの表紙は――
ハルトとルイーゼが並んで立っている絵。
白石の絵は上手い。
でも、目立つか?
コミティアの会場を思い出す。
周りのサークル。
派手な表紙。
キャッチーなタイトル。
目を引くポップ。
俺たちには、何もなかった。
表紙は綺麗だけど、地味。
タイトル『隣の席の吸血鬼』も、ありふれてる。
そもそも――
SNSでの告知も、しなかった。
Twitterでサークル情報を発信してる人は多い。
「コミティアに出ます!」
「新刊のサンプルです!」
「スペースはこちら!」
事前に宣伝して、来てもらう。
俺たちは、何もしなかった。
Pixivで白石はフォロワーがいる。
なろうで俺もフォロワーがいる。
少ないけど、いる。
でも、告知しなかった。
「コミティアに出ます」の一言も。
……これじゃ、誰も来ない。
誰も、俺たちのサークルを知らない。
WEBサイトも作らなかった。
サークルのページ。
作品の紹介。
サンプルページ。
何もない。
事前宣伝ゼロ。
そして、会場でも――
ポップも作らなかった。
周りのサークルは、目を引くポップを立ててる。
俺たちは、何もなし。
スペースも――
え-24。
端っこ。
人通りが少ない場所。
……全然、注意を引けてない。
人が通り過ぎるだけ。
立ち止まってもらえない。
ただ、当日会場に本を並べただけ。
……Attentionを集める努力を、何もしてない。
メモに書く。
会場での展示も――
本を平積みにしただけ。
値札も小さい。
サンプルページもない。
周りのサークルは、本を立てて表紙を見せてる。
サンプルページを展示してる。
値札も、大きく見やすく。
俺たちは、何もしてない。
人が通り過ぎても、目に入らない。
立ち止まっても、何の本かわからない。
手に取る理由がない。
メモに書く。
【課題1: Attentionが弱い】
- 表紙が地味
- タイトルがありふれてる
- SNSでの告知なし(TwitterもPixivもなろうも)
- WEBサイトなし
- 事前宣伝ゼロ
- ポップなし
- スペース位置が悪い(端)
- 本を平積みにしただけ
- サンプルページ展示なし
- 値札が小さい
◆
次。
Interest(興味)。
仮に、立ち止まってくれたとする。
表紙を見る。
……白石の絵は、可愛い。
ハルトとルイーゼ。
丁寧に描かれてる。
これは、Interestを引けるはず。
でも――
それだけで、中身まで手に取ってもらえるか?
タイトルを見る。
『隣の席の吸血鬼』。
学園もの。
吸血鬼もの。
ありふれてる。
……何が面白いのか、伝わらない。
コピー文も書かなかった。
「無口な男子高校生と吸血鬼の美少女が恋に落ちる」とか。
「禁断の吸血鬼ラブストーリー」とか。
何か、興味を引く文句が必要だった。
でも、何もなかった。
白石の絵の魅力を、ちゃんと伝える工夫が足りなかった。
メモに書く。
【課題2: Interestが弱い】
- タイトルだけでは何が面白いかわからない
- コピー文なし
- 絵の魅力を伝える工夫が足りない
- 差別化ポイントが不明
◆
次。
Desire(欲求)。
興味を持って、中身を見てくれたとする。
ページをめくる。
……欲しくなるか?
「これ、買いたい」と思うか?
思わない。
なぜなら――
エロが弱いから。
いや、弱いどころじゃない。
……逃げた。
俺は、エロから逃げた。
ネームでも、エロシーンを簡潔に描いた。
「キスをする」「抱き合う」「ベッドシーン」。
具体的に、何をするかは描かなかった。
恥ずかしかったから。
どう書けばいいか、わからなかったから。
白石に丸投げした。
でも、白石も初心者だ。
エロの描き方、わからない。
結果――
エロシーンが、エロくない。
キスシーンは、ただ唇が触れてるだけ。
ベッドシーンは、抱き合ってるだけ。
服を脱いでるけど、肌の露出も少ない。
……これじゃ、欲しくならない。
エロ同人誌なのに、エロくない。
致命的だ。
いや、致命的以前の問題だ。
エロ同人誌を作ると決めたのは、俺だ。
なのに、エロから逃げた。
恥ずかしいから、省略した。
作品を作る立場として――
無責任すぎた。
やると決めたなら、最後まで本気でやるべきだった。
恥ずかしがってる場合じゃない。
エロを描くなら、ちゃんと向き合うべきだった。
中途半端が、一番ダメだ。
……これが、一番の問題だ。
メモに書く。
【課題3: Desireが弱い(最重要)】
- エロから逃げた
- 恥ずかしがって省略した
- ネームで具体的な描写指示をしなかった
- 作り手として無責任だった
◆
そして――
ネームの問題。
俺は、ネームを描いた。
コマ割りを決めた。
視線誘導を意識した。
でも――
甘かった。
全然、甘かった。
コマ割りが単調だ。
同じサイズのコマが並んでる。
大ゴマで見せるべきシーンも、小さく描いてる。
視線誘導も、バラバラだ。
Z字を意識したつもりだったけど、できてない。
キャラクターの位置関係も統一されてない。
ハルトが左にいたり、右にいたり。
読者が混乱する。
……プロの漫画を思い出す。
大ゴマでインパクトを出す。
小ゴマでテンポを作る。
視線誘導で、スムーズに読ませる。
俺たちの漫画には、それがない。
全部、均一。
メリハリがない。
退屈だ。
メモに書く。
【課題4: ネームが弱い】
- コマ割りが単調
- 視線誘導が甘い
- キャラクターの位置関係が統一されてない
- 大ゴマ・小ゴマの使い分けができてない
◆
そして――
Memory(記憶)。
Desireまで行っても、記憶に残らなければ意味がない。
俺たちの本は――
……記憶に残るか?
印象に残るか?
タイトル『隣の席の吸血鬼』。
ありふれてる。
内容も、よくある学園吸血鬼もの。
エロも弱い。
何一つ、印象に残らない。
「あのサークルの、あの作品」と覚えてもらえない。
次も買いたい、と思ってもらえない。
……記憶に残す工夫が、何もなかった。
メモに書く。
【課題5: Memoryが弱い】
- タイトルが印象に残らない
- 内容が記憶に残らない
- サークル名も覚えてもらえない
- 「次も買いたい」と思わせる何かがない
◆
最後。
Action(行動)。
ここまで来て、やっと購入する。
……でも、これも問題だ。
会場で、手に取りづらかった。
本が平積みで、取りにくい。
値段も、小さくてわかりにくい。
「買います」と言いづらい雰囲気。
購入のハードルを下げる工夫が、何もなかった。
メモに書く。
【課題6: Actionが弱い】
- 本が取りにくい(平積み)
- 値段がわかりにくい
- 購入しやすい雰囲気作りができてない
◆
全部、書き出す。
課題1: Attentionが弱い。
課題2: Interestが弱い。
課題3: Desireが弱い(エロから逃げた)。
課題4: ネームが弱い。
課題5: Memoryが弱い。
課題6: Actionが弱い。
……全部、俺のせいだ。
白石の絵は、上手い。
でも、俺が――
マーケティングを怠った。
ネームを手抜きした。
そして、何より――
エロから逃げた。
恥ずかしがって、省略した。
作り手として、無責任だった。
……これが、一番ダメだ。
エロ同人誌を作ると決めたのは、俺だ。
なのに、中途半端にした。
全部、俺のせいだ。
……悔しい。
すごく、悔しい。
いや、悔しいより――
……情けない。
俺は、小説を書いてきた。
なろうで、何作も書いてきた。
マーケティングも意識してきた。
タイトル、あらすじ、本文。
全部、読者を引き込むために書いてきた。
なのに――
漫画では、全然できてなかった。
小説の知識があるのに、活かせなかった。
……情けない。
メモに書く。
改善点。
まず、何より――
改善点1: エロから逃げない。恥ずかしがらない。
やると決めたなら、最後まで本気でやる。
エロシーンは具体的に指示する。角度、表情、感情まで。
ネームで省略しない。全部、描き切る。
これが、最優先だ。
次に――
改善点2: コマ割りにメリハリを。大ゴマと小ゴマを使い分ける。
改善点3: 視線誘導を徹底する。Z字、キャラ位置の統一。
改善点4: マーケティングを徹底する。AIDMA全体を意識する。SNS告知、会場展示も。
……課題が、見えてきた。
俺は、技術が足りない。
マーケティングも、甘かった。
でも、何より――
エロから逃げた。
これが、一番ダメだった。
でも――
全部、改善できる。
図書館で、漫画の技術書を借りる。コマ割り、視線誘導、エロ演出。全部、勉強する。
それと――
DLsite。
同人誌のダウンロード販売サイトだ。
デジタル版を登録すれば、在庫リスクなしで販売できる。
紙の本は在庫になった。
でも、データなら何冊でも売れる。
そして、何より――
レビュー機能がある。
購入者が、評価を書き込める。星の数と、コメントにより、客観的な評価がわかるのだ。
……これが、欲しい。もちろん売れてほしい。でも今はまずは売上より、レビューだ。
何が悪かったのか。
何が良かったのか。
読者の本音が、知りたい。
DLsiteに登録する。デジタル版で、販売する。
……やるべきことが、見えてきた。
俺は、ノートを閉じた。
ベッドに倒れこむ。
疲労が、どっと押し寄せる。
目を閉じる。
……次こそ。
何より、エロから逃げない。
恥ずかしがらない。
本気でやる。
そして――
AIDMA全体を意識する。
ネームを描き切る。
SNS告知も、会場展示も、工夫する。
白石と、一緒に。
二人で。
……もっと、良くする。
絶対に。




