すみっこぐらしのメイちゃん
「姉ちゃん、またそんなところで何してるの?」
晩ごはんの時間なので、部屋に呼びに行くと…姉のメイが部屋のすみっこにすっぽりはまるように三角座りしていた。
「う〜ん、ここが一番落ち着くから…」
姉は丸い体を、ちょっとでも面積が小さくなるようにキュッと縮めて部屋の角に収まっていた。
「母さんがご飯出来たって」
「わかった…すぐに行くから先に行ってて…」
メイはまだすみっこでモソモソしている…。
姉ちゃんがこんな行動を取るようになったのは、大神のせい…。
僕が家にあんな奴を連れてこなければ…姉ちゃんがアイツに目をつけられることもなかったのに…。
大神朝陽は僕のクラスメイトで、イケメンで勉強もスポーツもできる人気者だ。
僕はクラスでも目立たない存在だから、普通なら一生関わることなどない二人のはずだった…。
そんな僕達が話すようになったのは、たまたま英語の授業で、会話のペアになったのが切っ掛けだ。
中学に入るまで数年間、父の仕事の関係でアメリカで育った僕は、英語だけは出来た。
逆に英語だけ苦手な大神が、僕とのペアで学ぶところがあったらしく、それから何度か『教えて欲しい』と請われた。
そして気がつけば…たまに一緒に帰るような仲になっていた。
そんな大神がうちにきた時に、たまたま一歳上の姉のメイが高校から帰ってきて…奴に出会してしまったのだ…。
『え〜っ、翔馬のお姉ちゃん?
お姉ちゃんなのに小さくて…白くて…何か可愛いね…』
そういつもの爽やかな笑顔で微笑みかける大神に、姉ちゃんはぎこちない笑顔で挨拶だけして、早々に自分の部屋に引きこもり出てこなかった。
それからも何かにつけ大神はうちに来るようになり、そのたびに姉ちゃんは部屋に閉じこもっていたけれど…それに痺れを切らした大神は、とうとう高校の正門の前で待ち伏せするという暴挙に出た。
元々目立つことが苦手な姉は、中学の制服を着たイケメンに待ち伏せされるなんて目立つことをされ、仲良くもないクラスメイトから根堀葉掘り面白おかしく聞かれたことがトラウマとなり、しばらく学校に通えなくなった…。
その間、姉ちゃんは好きな音楽、好きなぬいぐるみ、好きな絵本に囲まれた自分だけの世界でココロの傷を癒した。
頭から毛布をすっぽり被り、部屋の隅にキュッと収まるようになったのも、ちょうどその頃からだ…。
僕は大神に、頼むから姉を追い回すのは止めてくれとお願いした。
それに対して大神は、何故か分からないけれど、このメイに会いたいという衝動を自分でも止められない…と言った。
そして、今までこんな気持ちになったことがないから、自分でもどうすれば止められるのか分からないんだ…と困惑した表情で語った。
元々、少しぽっちゃりくらいだったメイは、ストレスで過食気味になり、完全なぽっちゃり体型となった。
不安に駆られると甘い物を口にして、精神の安定を図ったからだ…。
そして昔から何故か怖がっていた時計の針の音に、より過敏に反応するようになった…。
そんなある日…たまたま職員室で、大神が進路指導の先生と話しているのを聞いてしまった。
彼は学年でもトップクラスの成績なので、県内で一番の進学校英明学園に進むだろうと言われていた。
それをメイと同じ高校に進路を変更したいと相談しているところだった…。
メイが通う高校は、目立った特色のない普通の高校で…大神がそこを選ぶ理由なんて、メイがいることくらいしか考えられない…。
今まで爽やかなイケメンの大神に対する、メイの異常なまでの怯えを不思議に思っていたけれど…
わざわざ進路を変えてまで追いかける彼の執念も、常軌を逸してる…。
僕は彼に気づかれないように職員室を出た後、急いで家に帰り、母に相談した。
そしてメイや父も一緒に家族で話し合って…
メイは夏休み明けから、アメリカの女子高に転校した…。
メイのアメリカにいた頃の親友も通っているので、そこが良いだろうという話になった。
留学費用はかなりかかるし、家族と離れて暮らさないといけないけれど…思い切って環境を変えた方がメイにとって良いだろうと、みんなで送り出した。
環境の変化が良かったのか、メイの過食は収まり、徐々に元の体型に戻った。
メイが転校してしまったことを知った大神は最初の予定通り、英明学園に進学した。
僕は英明学園とも、メイが通っていた高校とも異なる、自分に合った高校へと進学し、その後大神と関わる機会は減ったけれど…
それでも彼は、年に一度、メイの誕生日が近づくと必ずプレゼントを渡しに来た。
それは…メイが好きそうな手触りの良いぬいぐるみで…
1年目はうさぎ、2年目はひつじ、そして3年目は何故か今までと系統の異なるかっこいいオオカミのぬいぐるみだった。
メイは彼から贈られるぬいぐるみを拒絶することはなかったから、家族からのプレゼントと一緒に大神からのプレゼントも送った。
高校を卒業しても、メイは日本に帰国せず、そのまま向こうの大学に入学することになった。
高校卒業の時は、家族でアメリカに祝いにも行った…。
そして…メイがアメリカに行ってから10年の月日が流れ…
〜・〜・〜・〜・〜
「やっとしっくり落ち着いた…」
「うん…逃げ回ってみて、色々試してみて…結局私が求めていた場所はここだったんだと、やっと気がついた…」
教会では、これからここで式を挙げる花嫁を花婿が、すっぽりとその腕の中に閉じ込めている。
花婿は愛しい者がその腕の中にいる状態に…花嫁はその自分を守ってくれる力強いものに囲われた状態に…お互い満足していた。
「私…子供の頃から、ずっと時計の針の音が怖くて眠れなかったの…」
「どうして…?」
「あの時、私一人だけ柱時計の中に隠れて、取り残されたのが怖かったからだと思う…」
「僕はずっと満たされない気持ちだった…。いくらお腹に入れても、僕が求めるものはこれじゃないという虚無感…」
「あなたに初めて会った時、圧倒的に怖い…という感情の他に、やっと私を迎えに来てくれた…という反する気持ちも少しあったの…。
それが自分でも信じられなくて、受け入れられなくて…あなたから逃げた…」
「うん。だから君が自分で自分の気持ちを消化できるようになるまで待った…」
「メイ、朝陽さん、もうすぐ式が始まるわ。準備はいい?」
お母さんが控室まで私達を呼びに来てくれた。
「はい。じゃあお義父さん、メイをよろしくお願いします。僕は祭壇の前で待っているから…」
朝陽は微笑むと、腕の中に収まっていた私をお父さんに預け、先に式場へと向かった。
これから私はお父さんにエスコートされバージンロードを歩き、祭壇の前で待つ朝陽と永遠の愛を誓う。
すっぽりと囲われた空間を求め続けたのは…本当は兄弟達と一緒に彼のお腹の中に収まりたかった、願望の現れだったのだろうか…?
これからは、彼の腕の中に守られ、もう一人で時計の針の音に怯えなくても良くなる。
私は神の前で、自ら囚われるため、その手を差し出した。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
このお話は童話『狼と七匹の子山羊』にインスピレーションを受けて書いておりますが、原作とは一切関係ありません。
アメリカへの転校に関しましては、実際こんな短期で実現可能なのか不明ですが、フィクションですので、深く考えないでいただきますようお願いいたします。