表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

第7話:それでも、君を信じたい

涼の心は、静かに揺れていた。

日常の中に、確かに微かな「変化」が染み込んでいることに気づきながらも、その変化を素直に受け止めることができないまま、時だけが進んでいた。


悠真の言葉――

「俺はお前を大切に思ってる」

その真っ直ぐすぎる優しさを、信じたいと思った。

けれど、心の奥では別の声が囁いていた。


(もし……俺が、本当に“女”になってしまったら。

それでも……悠真は、俺を好きでいてくれるのか?)


声に出せない不安が、胸の奥を湿った棘のように突き刺していた。


「……こんなに不安になるくらいなら、最初から好かれない方がよかったのに」

ついそんなことまで考えてしまい、涼は自嘲するように息を漏らした。


それでも、悠真は変わらずにいてくれた。

昼休み、放課後、すれ違いざまに交わす短い言葉のひとつひとつが、涼の揺らぐ心に少しずつ届いていた。


ある日の昼下がり。昇降口で、悠真が涼の肩を軽く叩いた。


「お前、最近ちょっと元気ないけど……大丈夫か?」


涼は少し驚いて、けれどすぐにいつものように微笑んで返した。


「うん、大丈夫。……ただ、ちょっと考え事してただけ」


悠真はそれ以上何も言わず、ただじっと涼を見つめていた。

その目の奥に浮かぶ真剣な色に、涼は思わず視線をそらす。


「……無理しなくていいから。俺には何でも話してくれ」


その声が、やさしくて、苦しかった。

信じたい。でも、怖い。


涼は一度目を閉じて、小さく息を吐いた。


「ありがとう。……でも、今はまだ、ちょっと難しいかも」

本当は、すべて打ち明けたかった。

だけど、その勇気が、まだ持てなかった。


悠真は少しの間黙ってから、そっと頷いた。


「わかった。無理に話さなくていい。……でも、いつでも待ってるからな」


その言葉が、静かに、けれど確かに涼の心に届いた。


放課後。家に帰ると、キッチンには母・美佐子と、妹・智恵の姿があった。

夕陽がカーテン越しに差し込む台所で、二人の笑い声が小さく響いている。


「おかえり、涼」

母の声が、いつもより少し柔らかく感じられた。


「ただいま、お母さん。智恵、元気?」


智恵は振り向いて、にこっと笑った。


「うん。今日はね、お兄ちゃんと一緒に料理しようって決めてたんだよ」


「え、そうだったっけ?」

涼が苦笑交じりに言うと、智恵が胸を張るようにして答える。


「勝手に決めたの。文句は受け付けません」


涼はその可愛い反論にくすっと笑って、頷いた。


「……うん、じゃあ今日は一緒にやろうか」


三人で台所に立つのは、いつぶりだろう。

鍋に手を伸ばし、包丁を握る。

そのひとつひとつの動作に、自分が「この家の家族」であることを実感していく。


味見をしながら笑い合う時間。

ふと母の横顔を見たとき、涼の胸にふんわりとした温かさが灯る。


――たとえ変わっても、自分はまだ家族の一員でいられる。


そんなささやかな確信が、ほんの少しだけ、不安を溶かしてくれる気がした。


夕食のあと、涼は一人で部屋に戻り、ベッドに腰を下ろした。

スマホが手元で振動する。画面には、悠真の名前。


「今日は一緒に話せてよかったよ。

涼、何でも言ってくれな。俺はお前の味方だから」


そのメッセージを、涼は何度も読み返した。

指先が震えるほど、小さな言葉だったのに――その重みは、想像以上だった。


涼はスマホを胸元に抱きしめ、ゆっくりと目を閉じる。


(……悠真。俺、まだ怖いよ。でも――信じたい。信じてみたいんだ)


そう思えたことが、今夜の自分には十分すぎる進歩だった。


「……俺、頑張るよ。俺の人生を、きちんと受け入れて……生きていく」


まだ不安はある。怖さも残っている。

でも――前に進むことを、自分自身に誓えた。


その夜。

涼はようやく、胸の中の波が静まっていくのを感じながら、ゆっくりと眠りについた。


暗い部屋の中で、スマホの画面が最後に優しく光っていた。


男としての自分の、最後の証が消え去るまで……あとわずか…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ