第2話:覚悟と告白
女性化制度の被験者に選ばれてから数日が経過した。
国家指定の施設では、涼の生活が徐々に制度のスケジュールに染まり始めていた。
医療担当者との面談、詳細な説明書の読み込み、心理カウンセリングの繰り返し。
生体改造に伴うリスクと効果、人工子宮移植のための身体改変、そして何よりも未来の生活の変化。
彼のスケジュールは隙間なく埋まり、体力も精神もすり減る日々。
だが、涼の心は揺るがなかった。迷いを抱く余裕さえ、与えられなかった。
妹の智恵が、将来を諦めかけていたことを涼は知っていた。
高校入学の費用や学用品、塾代。どれも家庭の財政を圧迫し、母・美佐子は昼夜を問わず働き詰めだった。
疲れ切った母の背中が、言葉以上に厳しい現実を物語っていた。
「このままじゃダメだ……」
涼は自分自身に言い聞かせるように繰り返した。
犠牲になる“誰か”がいなければ、何も変わらない。
そして、その“誰か”は、自分でなければいけなかった。
「俺が……やるしかないんだ」
そう決意した瞬間、胸の奥にわずかな光が差し込んだ気がした。
その日の夕暮れ、涼は幼馴染の悠真と約束の場所へ向かった。
学校裏手の小高い坂の上。誰も来ない、ひっそりとした公園のベンチに二人は腰掛けた。
静かな夕焼けが、薄紅色の光を彼らの横顔に優しく落とす。
「なあ、悠真」
「ん?」
「俺、正式に決めた。処置を受けるって」
言葉は短いけれど、その重みは確かだった。
「家族のためか?」
「うん……智恵が高校のこと、諦めかけてたんだ。母さんも、もう限界が見えてた。…でも、制度を受ければ、全部助かるって言われて」
涼は視線を伏せる。
「だから、やるしかなかった」
悠真はしばらく無言で、その言葉を受け止めていた。
遠くでカラスが一声鳴き、静かな空気を切り裂く。
「……怖くねぇのか?」
低く響く悠真の声に、涼は拳を握り締めた。
「怖いさ。体が、男じゃなくなるんだぞ? 女の体に変わって、子どもを産むようにされて……男としての自分が、どんどん消えていくんだ」
唇が震える。声も震えていた。
「でも……それでもいい」
「なんで?」
悠真の問いに、涼は目を上げた。
「家族の未来を守れるなら、それだけで十分だ。俺は、そう決めたんだ」
彼の瞳は真っ直ぐで、強く光っていた。
悠真はやっと微笑み、ゆっくりと頷いた。
「……すげぇな、お前は」
「違うよ。俺は、逃げられなかっただけだ」
涼の言葉は弱々しかったが、その胸中は誇らしさで満たされていた。
その夜、桐原家の食卓は、どこか張り詰めた空気に包まれていた。
母・美佐子は疲労で肩を落としながらも、息子の決断を待っていた。
涼は深呼吸をして、静かに口を開いた。
「俺、制度を受けることにした」
一瞬の沈黙が降りた。
母の目が潤み、声が震えた。
「……そんな……涼……どうして、そこまで……」
智恵はうつむきながらも、兄の顔を見つめていた。
「お兄ちゃん、やめてよ……なんでそんな……私、勉強しなくてもいいよ」
涙が頬を伝う。
涼は二人の顔をしっかりと見て、ゆっくりと微笑んだ。
「バカだな、智恵。お前は本当は勉強したいんだろ? 母さんだって、もう少し楽に生きていいんだ。俺が、それを叶える。だから、心配すんな」
その言葉に、母は耐えきれず涙を零した。
智恵は兄の手を強く握り締め、しばらくそのままだった。
一人になった涼は、天井を見上げながら心のざわめきに耳を澄ませていた。
不安は拭えない。未来は不確かで、変わってしまう自分に怯える夜もある。
だが、それ以上に確かなものが胸の中にあった。
――俺は、守る。家族を、未来を。どんな姿に変わっても。
覚悟を胸に秘め、彼は新たな一歩を踏み出した。