最終話:名前を呼んで、抱きしめて
――数年後。
妹の智恵は、無事に大学の医学部へと進学した。
かつて、兄が“女になる”という選択を迫られたこの国で、いま彼女は「新しい選択肢を与える側」になることを目指している。
女性出生率の著しい低下が社会構造を揺るがす中で、
「制度としての女性化」ではなく、「一人ひとりの尊厳を守る医療」を――
そう願いながら、彼女は医療と生命倫理の最前線で、静かに戦っていた。
女性の出生率の低下という問題。
この問題自体の解決を目指して。
そしてなにより、彼女が医師を目指したいちばんの理由は――
「兄のような人を、これからも助けたい」
その、真っ直ぐで切実な想いだった。
「お兄ちゃんがくれた未来を、今度は私が守る番だから」
そう笑って言えるほどに、彼女はもう立派に前を向いていた。
母の美佐子も、すっかり元気を取り戻した。
女性化制度に伴う家族支援制度の恩恵もあり、無理をして働かなくても生活できる環境が整った。
かつての疲れと不安に押しつぶされそうだった日々は、少しずつ癒えていった。
もともと若く見られる人だったけど――
最近では、俺と智恵と三人で並んで歩くと、**「三姉妹ですか?」**なんて声をかけられることもある。
……どうなってんの? うちの母さん。ほんとに人間?
涼はそんなふうに呆れながらも、心の底ではきっと、嬉しくてたまらなかった。
そして――あれからも、悠真との関係は変わらない。
いや、変わっていないのは“気持ち”だけで、俺はもう、隠したりなんてしない。
堂々と、恥ずかしいくらいに、まっすぐに――
「大好きだよ、悠真」
そう伝える日々が、当たり前になった。
…どうか、この想いが、ずっと続きますように…
◆
そして、さらに数年後のある休日のこと。
一人の小さな子どもを挟んで、二人の大人が手をつないで歩いていた。
穏やかで、あたたかな空気を纏った、ささやかな家族の風景。
男女比の極端な偏りが続くこの時代において、
“子ども”という存在は社会全体で慈しまれ、大切に育てられている。
この子もまた――制度を越えて、愛を繋いで迎えられた、かけがえのない命だった。
二人の薬指には、結婚指輪が光っている。
少しだけ古びて、それでもなお美しい。
年月を経ても色褪せず、大切にされてきたことが伝わってくる、そんな指輪。
夫が、穏やかな声でつぶやいた。
「さて、今日は何をしようか」
妻が笑顔で答える。
「なんでもっ! 悠真と、この子が一緒なら――どんなことでも楽しいもんっ!」
繋いだ手に、そっと力が込められる。
そのぬくもりだけで、すべてが報われる気がした。
妻は、ふっと小さな声で呟く。
「悠真……俺、いま、すっごく幸せだよ」
夫も、優しく頷いて返す。
「ああ、俺も幸せだよ、涼」
それを聞いた妻――涼の頬が、ほんのりと桜色に染まる。
悠真に名前を呼ばれるだけで、こんなにも心が満たされる。
「……色々あったけど――俺、女になって、良かった……悠真、大好きっ!!」
その声は、春風に乗って、どこまでも遠くまで響いていくようだった。
これで、二人の物語は終わり。
けれど、ここから始まるのは――三人の物語。
いや、もっと多くの人たちに囲まれて紡がれていく、**“家族の物語”**だ。
涙も、迷いも、喪失もあった。
それでも今は、あたたかい日差しの中で、ただ手をつないでいられる。
(悠真……いつまでも俺の名前を呼んで――抱きしめてね)
そして物語は、あたたかな未来の中へと続いていく――。
完。
こちらの話、最初は投稿しようか、すまいか迷いました。
テーマがテーマなので、不快に思う方も多いかもしれません。
ですが、どなたかの心に、何かが残っていただければと、それが良い何かなら、ワタクシ嬉しく思います。




