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第10話: 崩れる心、流れる涙

悠真を本格的に避けるようになったのは、あのあと――

守ってもらった、あの放課後からだった。


「ごめん、今ちょっと急いでて」

「悪い、また今度な」


そんな言葉を、以前よりも繰り返して。

悠真の声や、視線から逃げるように。

胸が締め付けられるのを感じるたび、あえて視線を逸らした。


悠真が声をかけてくれるたびに、胸の奥で何かが苦しくなった。

あいつのまっすぐな瞳を見つめ返すたび、自分の中にある醜い感情――

言葉にすらできない、もつれた想いが顔を出してしまいそうで、怖かった。


何よりも辛かったのは、そんな俺を見て、

悠真が――ほんの少しだけ、寂しそうな顔をすることだった。


(……最低だ、俺)


本当に怖かった夜。

心の底から助けてほしいと願ったあの瞬間、あいつは来てくれた。

守ってくれた。抱きしめてくれた。


だけどその後、俺は――

自分から、あいつを遠ざけた。


(ただの友達なんだ。親友なんだから。

 それだけの存在なんだから……)


そう自分に言い聞かせるたび、胸の奥で軋む音がした。

まるで、崩れていく前の壁のように。


(……違う。本当は知ってる。俺は……)


でも、それを認めてしまったら――

もう、戻れなくなる。

“友情”という名の安全圏に、二度と戻れなくなるのが怖かった。


ごまかすように、過ぎていく日々。

空は晴れているのに、心はいつまでも灰色のままだった。


この気持ちが、もしただの勘違いだったら。

もし悠真にとって、俺が“元男”の親友でしかなかったら。


(そんなの、嫌だ……)


そんな矛盾を抱えたまま、放課後の道を歩く。

春の光は柔らかく、街路樹の緑もまぶしいはずなのに、

どうしても心はついていかなかった。


そして――

ふと、足が止まる。


(ん……?)


少し先の広場で、撮影らしきものが行われていた。

照明が組まれ、反射板が立ち並び、スタッフが慌ただしく動き回っている。


その中心に立っていたのは――


「……悠真……?」


瞬きもできず、思わず息を呑んだ。


間違いない。

スーツ姿の悠真が、凛とした表情でカメラの前に立っていた。


そしてその隣には、誰もがテレビで一度は見たことがある有名女優。

スタイルもよくて、清楚な雰囲気なのに媚びず、気品がある。

スタッフ一人ひとりにまで気を配り、丁寧に笑いかけている姿が印象的だった。


(……悠真、何してんだよ……)


思わず、立ち尽くす。

胸にじわりと、得体の知れない感情がこみ上げてきた。


(……なんだよ、これ……)


撮影が進む中で、悠真と女優が自然に笑い合う場面がいくつもあった。

楽しそうに言葉を交わし、距離が近づいていくのが分かる。


それを見るたび、胸の奥がきしむ。

知らず知らず、両手がぎゅっと拳を握っていた。


(……親友が頑張ってるんだろ。

 喜んでやれば、いいだろ……俺)


そう言い聞かせても、足が帰路へと向かない。

気づけば、咄嗟に街路樹の陰に身を隠していた。


まるで、自分が覗き見でもしているみたいに。

まるで、見てはいけないものを見てしまったように。


そして、撮影が終わった。


女優が、スタッフの輪から抜けて、悠真に近づいていく。

その声は、ふだんの柔らかな口調とは少し違っていた。


「ねえ、悠真くん。ちょっといい?」


真剣な目、けれど優しい声。


「……私、あなたに一目惚れしちゃった。

 よかったら……私と、付き合ってくれない?」


(……!)


体中の血が一気に沸騰したかと思った。

喉が焼けるように痛い。

鼓動が耳の奥でうるさいくらいに響く。


(やめろ……断ってくれ……お願いだから……)


そんなこと願う権利なんて、俺にはない。

でも、それでも願ってしまう。


(……俺、何考えてんだよ……)


それでも――


「……ごめんなさい。気持ちは嬉しいです。

 でも、お受けできません」


悠真の声が、確かにそう言った。


その瞬間、足元の地面がやっと戻ってきたような感覚だった。

情けないほどに、心の奥が安堵で満たされていく。


(……よかった……)


思わず泣きそうになる。

心から――ホッとした。


女優は少しだけ笑って、けれど潔い声で言った。


「そっか……振られちゃったか。残念だな」


その表情は、ちゃんと美しくて、かっこよくて。

誰かに想いを伝えて、振られて、それでも笑っている姿が眩しかった。


「ねえ、悠真くん。好きな人……いるの?」


また、心臓が跳ねた。


(やめてくれ……)


けど、悠真は少しだけ空を見上げて、

まっすぐに言った。


「……はい。ずっと、大切に思っている人がいます」


その言葉で、世界が崩れた。


目の前が一気に霞んでいく。

視界がぼやけて、音が遠くなった。


(……そっか。好きな人、いるんだ……)


どうやって帰ったのか――覚えていない。


気づけば、自宅のベッドに潜り込んでいた。

制服も脱がず、靴下のままで。

布団をかぶって、ただ、声も出さずに泣いた。


枕を濡らすのは、悔しさじゃない。

悲しみでもない。

――寂しさだった。


「……ほかのひとに、ゆうまが……取られちゃう……」


唇がつぶやいたその言葉で、心が軋んだ。


(どうして、こんなに……苦しいんだよ……)


ずっと一緒にいた。

親友だって、そう思ってた。


だけど――

もう、あいつのことを“友達”なんて呼べる気がしなかった。


そうじゃない。そうじゃないんだ。

俺は、あいつを――


心の奥に押し込めてきた感情が、崩れた壁の隙間から溢れ出す。


(俺、悠真が……好きなんだ)


ただ、それだけの真実が、胸を撃ち抜いていた。

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