恐怖電車
「いや、無理だって」
遊園地の入り口で息を整える俺を、奴らは悪魔のような笑顔で囲んだ。
「だって遅刻したの、お前だけだし。ほら、恐怖電車乗ろうぜ!」
恐怖電車。この遊園地に新たにできたジェットコースターの名前だ。どうやら時速180kmで走るらしい。
そんなのに俺は乗せられそうになっている。ただ集合時間からちょっと遅れただけなのに...
俺は絶叫系が大の苦手なのだ。だから、地面に寝転がってでも抵抗しようとした。
だが、友達という名の悪魔たちに引きずられ、気づけば冷たい鉄の座席に固定されていた。隣には航平。小学3年からの付き合いだが、今はただの敵だ。
「なあ、マジで無理なんだって......俺、高いとこダメ、速いのもダメ、風もダメ......命の危険があるのは全部ダメなんだって!」
「大丈夫だ、相棒。死ぬ時は一緒だ!」
グッジョブサインをする航平の顔が、すでに悪霊にしか見えない。
安全バーが、ガチャンと降りる音が死刑執行の鐘のように響いた。
最初の数秒はゆっくりだった。
鉄の怪物は、ギィギィと音を立てて天に向かって這い上がる。眼下には蟻のように小さい人間が見える。
「おい、航平。この音......ヤバくね?」
「うん、俺も気づいた。カン、カン、ってなんか...外れそうな音してるな」
その時、耳元からパークスタッフのアナウンスが聞こえた。
《申し訳ございませんっ!ジェットコースターのネジが外れているようですっ!》
アナウンスの声は焦りに満ちていた。
「おいおいおいっ!」
瞬間、悲鳴と共に、鉄の塊は空を裂いた。
風が顔の皮膚を剥がすように吹き荒れる。視界はもはや弾丸のようだ。前のカップルはもはや無言、気絶しているかもしれない。後ろの席からは悲鳴とも笑い声ともつかない叫びが混ざり合っている。
「ウワアアアアアアアア!!」
「アッハッハッハ!!お前の顔ヤバすぎ!!目ん玉ひっくり返ってんぞ!!」
航平の声が耳に届いた瞬間、俺の中で何かが切れた。
そうだ。これは死ぬかもしれない。でもどうせ死ぬなら、せめて最後は叫んでやろうじゃないか。
「ウオオオオ!俺の人生、これで終わりかぁぁぁ!!大学生活、一週間で終了ォォォォ!!!」
「おい!前から鳥!鳥がっ、うわっ!」
バコォォォン!!!
何かがぶつかった。いや、誰かが飛んだ? 隣の航平が一瞬、椅子から浮いた。安全バーは、少し緩んでいた気がした。
「航平!!!」
「俺は……とぶぞぉぉぉ!!」
……いや、飛ばなかった。残念ながら。
コースの終わりが近づく。急降下、ループ、ねじれ、スパイラル。俺の魂は何回か体を離れて帰ってきた。途中で“何か”の笑い声を聞いた気がしたけど、たぶん錯覚だ。
そして、カタン。
機械の動きが止まり、全身がぐったりと力を失った。
「……終わった?生きてる......」
「俺たち……生き残ったんじゃね?」
航平が乾いた笑いをこぼした。が、そこに、パークスタッフのアナウンスが流れる。
《乗客の皆様にご連絡いたします。“死の疾走号”、まさかのループコース突入が判明しました!もう一周、お楽しみください!》
「おいいいいいいいッッッッ!!!!!」
二周目は記憶にありません。
地面に戻ってきた時、俺は膝から崩れ落ちた。航平は腹を抱えて笑っていた。
「お前、途中白目だったぞ!」
「…………」
「いやー、あのパークスタッフの演技やばかったな!あとスリル最高だったな!また乗ろうぜ!」
俺は静かに言った。
「次、お前らが遅刻したら、紐なしバンジー飛ばしてやる」
その日以来、誰も遅刻しなくなったという。
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