ある意味季節外れの転校生を編集
「あー、席は古守の隣だから。古守、後は任せた」
ボサボサ髪の見た目通り、適当でだらしない先生はなんとも適当に席を指定してきた。場所は一番後ろ、窓側に座るウツロの隣。
確かに、入学して以来隣の席が空いているとは思っていたが、まさか彼女だとは思いもしなかった。
「よろしくお願いしますね、古守さん」
隣に座ったマリアは、笑顔で手を差し出してくる。
「よ、よろしく」
クラス中の男子から視線が突き刺さる。こんな美人と握手しやがってと嫉妬満載。だが断れば何様だと更に恨みが込められる事間違いなし。
ぎこちない笑みを浮かべ、マリアの手を取る。
「ーー」
聖女のような微笑みと共に握られる手には万力の如き力が、なんて事はなく柔らかい手の感触。ただの普通の握手、そして突き刺さる男子達の欲望と嫉妬に塗れた視線。
「はいはい、ホームルーム始まるぞー」
担任の掛け声で、ようやく男子達の視線から解放される。
それと同時に握られた力が弱まり、ウツロ側からも手を離そうとすると、
「よろしく、お願いしますね?」
離そうとした瞬間、もう一度手をがっちり掴み満面の笑みを浮かべるマリア。
「……はい」
美人の笑顔には、これほどまでに圧があるのかと戦慄する。喋るなよ?と言外に伝えられた気がした。
間違いなく目を付けられている。
「じゃあ一限頑張れよー」
適当な励ましで終わったホームルーム。担任がクラスを出たと同時に、クラスメイトがワッとマリアの周りに群がる。どこから来たの?好きな物は?彼氏とかいるの?と、主に女子から沢山の質問が投げられ、マリアは丁寧に一つ一つ答えていく。
その様子を、男子達が羨ましそうに眺める。キッチリした服装でも分かるスタイルと顔の良さ。見かけ上はお淑やかなお嬢様に、憧れない高校生はいないだろう。しかも少し遅れての参加。実質転校生だろと勝手に盛り上がり、勝手に運命を感じ始める始末。
(ラッキー…!)
文字通りクラスの中心となったマリア。女子と男子を惹きつけて離さない。
この調子ならマリアが暇になるまでかなりの時間がかかるはず。このまま有耶無耶にできるのではと天に祈る。
ウツロの読み通り、マリアは休憩時間の度にクラスメイトに囲まれる。昼休憩も女子達に連れられて、彼女達のお気に入りスポットでお昼を食べた。女子が抜けた教室で、男子達が悲しみの涙を流しながら弁当を食べていたのは心に留めておく。
女子からも男子からも人気を獲得したマリア。これなら当初の予定通り当分関わる事はないと思っていた。
「あ、そうだ。古守、この後ヘルメスの校舎案内よろしく」
帰りのホームルームで、担任に爆弾を投げ込まれるまでは。
「俺、ですか……?」
「だって古守、部活入ってないだろ?」
忘れていた。この綺羅星高校、部活動がとても活発だった。生徒のほとんどが何かしらの部活に所属し、このクラスに限っては現状部活に入っていないのはマリアを除いて俺だけ……!
「じゃ、頼んだから」
最後のホームルームも適当に済ませ、担任はそそくさと教室を出ていく。
「ヘルメスさんまたねー!」
「くっ……!羨ましい……!!」
担任の後に続き、女子は笑顔で、男子は悔しがりながら教室を出ていく。
後に残されたのは、ウツロとマリアの二人。
「じゃあ、行きましょうか」
「……はい」
「そうそう、ワタクシ行きたい所があるんです」
鞄を持ち教室を出る。どうやって穏便に人の多い所だけを案内するべきかと考えていると、マリアから提案が。
「確か、隠れスポット?でしたっけ。屋上の鍵が壊れていて侵入できるんですって。是非行ってみたいのですけれど」
この高校の屋上は知る人ぞ知るサボリスポットだ。昼休憩なんかは弁当を持って集まる生徒もいるが、この時間は誰もいないだろう。部活をサボるような生徒はさっさと下校するだろうし、そうでないなら部活に打ち込んでいるはず。
つまり、ほぼ確実に誰も来ない場所でマリアと二人きり。
「一応あの場所は立ち入り禁」
「案内、よろしくお願いしますね」
「……あい」
隣を歩くマリアは、常にニコニコと笑っている。改めてみるその姿は、本当に物語に出てくるお嬢様のようで、いつかの夜に見た姿の方が夢だったのではと錯覚する。
けれど、あの日見た彼女の輝きを覚えている。夜空の星々よりも煌めく彼女の魂を。
案内と言っても、所詮は校内。歩いていても5分10分もあれば目的に着く。あーだこーだと考えている内に、屋上と隔てるものは扉一枚のみ。
マリアがドアノブを掴み、扉を開ける。遮るものが消え、暖かい風が甘い香りを運んでくる。
「んー!気持ちいいですね」
「……」
後から入り、屋上の扉を閉める。
マリアは、大きくノビをして息を吸う。暖かい日光と心地よい風。下から聞こえてくる運動部の掛け声。ありきたりな放課後に、彼女が立てばそれだけで絵になるのだから、美人とはずるい。
「……たく」
パチン、と額を弾かれる。
「何ぼさっとしてやがる」
現実逃避をしていると、額に軽い衝撃が走る。ハッと意識を戻すと、そこに立っていたのはデコピンをしたであろうマリア。いや、自分が知っているマリアと言った方が正しいか。
「えーと、ヘルメスさん?」
「マリアで良いよ」
ぶっきらぼうな物言い。
屋上に設置されたベンチに腰をかけ足を組む。さっきまでとは違う、お上品な立ち振る舞いから一転した、ウツロが知っているマリアの姿。
「何怖がってんだよ」
「いやー、こう、正体を知られたからには生かしておけぬ、的な」
「オレ、そういうの取り締まる側なんだが?」
それもそうか。
なんかこう、秘密警察っぽくてどこかアングラな組織と思っていたが、ちゃんとした公的組織のようだ。それに、そんな非情な組織に彼女のような人物が所属するはずもないか。
「まあ、流石に言いふらされると、滅茶苦茶困るわけなんだが」
「人の隠し事を吹聴する趣味はないよ」
ベンチの空きスペースをトントンと叩くマリア。催促された通り、マリアの横に腰をかける。
春風に吹かれ、桜の香りと共に日光浴。なんて贅沢な時間だろう。
「助かるよ、流石にこっから転校するのは仕事に支障がな」
「やっぱ仕事か」
「そ、学生はまあ、その為の足場ってやつだ」
桜の花弁が風に乗って流れてくる。
穏やかな時間がゆったりと流れる。軽い調子で交わされる会話のラリーだが、その内容は高校生が行うものではない。
「猫被ってるのも?」
「別に、完全に猫被ってる訳でもねーんだがな」
立ち上がったマリアは、ウツロの前に移動すると背を向ける。
「ちゃんとお嬢様なんだぜ?こう見えてな」
軽やかに、くるりとその場でターンする。
ふわりと浮くスカート、穏やかな笑み、細かな仕草の一つ一つが綺麗で、立ち姿はまさにお嬢様。自然な立ち振る舞いは一朝一夕で出来るものではない。
「そういう訳だ、これからよろーー」
改めて握手で〆る。そんな綺麗な終わり方は、勢いよく駆け上がって来る足音に蹴飛ばされた。
ガタン!勢いよく扉が開かれる。マリアは飛ぶようにウツロの横に座り直して姿勢を正す。
(はっや)
あまりにも速い切り替えに感心する。流石は国際警察のエージェント。完璧な擬態だ。
「見つけた!!!!」
屋上に新しい色が加わる。燃えるような赤い髪。それだけで誰が来たのか分かってしまった。
「アンタか!遅れて入学した同級生って!!」
聞いているだけで元気を貰うハツラツとした声。あのカードショップで、何度も何度も聞いた事があるから間違えるはずがない。
「頼む!!俺達と一緒にステラバトル部に入ってくれないか!!!!」
バチンと両手を勢いよく合わせて深く頭を下げる。あまりの勢いに、マリアとウツロは顔を見合わせて首を傾げる。早すぎる状況の変化に頭が追いつかない。
「……んの!!」
二人が面食らっているところに、階段から新たに足音が。漏れ出る言葉と共にすごい速さで接近してくる。
「何やってんのバカぁ!!!!!!!!」
茶髪のポニーテールは暴れ馬の如く荒ぶりまくり、顔にはいくつもの青筋を浮かべ、ジャージに身を包んだ少女が猛スピードのままその勢いで赤髪の少年、朱星ホムラの頭を平手で叩く。
「へぶっ!?!?!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ウチのバトル馬鹿が本当にごめんなさい!!」
ギャグ漫画の如く地面に倒れ伏すホムラと、何度も何度も頭を下げる少女。カオスがカオスを呼ぶこの状況が収まるのに、5分の時間がかかった。
「えっと、どちら様でしょうか?」
痛そうに後頭部を摩るホムラと、ホムラを睨みつける少女に、改めてマリアが問いかける。
マリアの問いを聞いて、少女の視線がさらにキツくなる。
「アンタ…!挨拶もせずに……!」
「ちょっと待てって!するする!するつもりだった!!」
少女のキツく握られた拳に、メラメラと真っ赤な炎が見える気がする。ホムラは怯えたように静止を呼びかけながらマリアに向き合う。
「俺は1年A組の朱星ホムラ。夢は最強のバトラーだ!」
「ウチは西風ハルカ。不本意ながらこの馬鹿の幼馴染です」
自信満々のホムラと、頭を抱えるハルカ。対照的な二人だがこのやりとりだけでその関係性が見えて来る。
「1年C組、マリア・ヘルメスです」
「同じくC組、古守ウツロ」
自己紹介が終わると、ホムラが眉を寄せてこっちを見て来る。
「あー!どっかで見た事あるかと思ったら、ビクトリーの常連か!」
「お知り合いですか?」
「ギリ顔見知り、か……?」
あくまで同じカドショに通っているだけの関係性。よくバトルしているホムラを見ているだけ。観客というのが正しい関係だろう。
正直、明らかに主人公的な立ち位置にいるホムラを避けて眺めるだけにしていたのだが、まさかこんな所で関わるとは。
(態々ステラバトル部が無い高校選んだんだが、部活復活ルートだったかぁ……)
今ではどの学校にもあるステラバトル部。それが無い高校を態々選んだのだが、まさかホムラもこの高校だったとは今の今まで思いもしなかった。
「ステラバトル部に入ってほしいと言う事でしたが、何故ワタクシに?」
改めて要件を聞くマリア。
待ってましたとホムラが口を開き説明を始める。所々抜けている箇所はその都度ハルカが捕捉してくれた。これだけで二人が良いコンビだと分かる。
「つまり、もうワタクシぐらいしか部活に入るような方がいないと」
ホムラ達が語った内容は、現状のステラバトル部について。
ある事件で3年前に廃部になったステラバトル部。ホムラとハルカ、後三年の先輩の3人で部活の復活を目指しているらしい。
部活動が正式に認められるには4人必要なのだが、後1人が見つからない。この学校は部活動がとても活発で、ほぼ全ての生徒が部活に勤しんでいる。皆自分の部活が忙しくて兼部は基本やりだからない。
大体の生徒が部活に入部してしまった中、遅れて入学した生徒がいるという噂。
「なるほどなるほど」
「ごめんね?この馬鹿が無理言って。嫌なら断って良いから」
「良いですよ」
軽い調子で入部が決まった。お願いした側の2人の方が面食らっている始末。
「え、良いの?本当に?嘘じゃなくて?」
「はい、お困りのようですし、お力になれるなら喜んで」
最後の1人の確保に、ホムラとハルカが手を取り合って喜んでいる。
正直、自分も驚いている。仕事で来たマリアがまさかこんな簡単に入部を決めるとは。もしや仕事に関係あるのだろうか?
「そうだ、ウツロ君も一緒に入部しましょうよ」
「……ん?」
なんだ?今入部という単語が聞こえてきたような……
「確かウツロ君も部活入ってないんですよね?折角ですから一緒にやりましょうよ。部活」
満面の笑みから、とんでもないキラーパスが爆発寸前で投げられた。




