曇りのち晴れ、所により幼女を拾うでしょう
休日。
子供も大人も大好きな心のオアシス。
ウミカの事件が無事片付き、ようやく家でゴロゴロできる。と、いうわけにもいかなかった。
ウツロはいつもよりも洒落っ気を出した服装で、少し余裕を持たせつつ待ち合わせの場所に向かう。
「すまん、待たせたか?」
「いえ、私が早く着きすぎただけですので、お気になさらず」
10分の余裕を持って待ち合わせの場所につくと、既に待ち人が立っていた。
暖かい気温に合わせて、薄手の白いワンピースを来た少女。
「じゃあ行くか、天乃河」
「はい、ウツロ様」
ウツロとヒカリが二人で出かける事になったのには理由がある。
ウミカの事件でヒカリに多くの借りを作ったウツロ。必ず返すと言ったウツロに返ってきたのは、一緒に出掛けましょうというヒカリの願い。
こんな事で良いのかと思いつつ、本人が望んだことでもあるので、休日にこうして二人で出かける事になった。
「着きましたよウツロ様」
「本当にこれでいいのか?ほかにも色々やってるけど」
「もちろん。これが見たいのです」
着いたのは映画館。
二人分の券を買い、シアターに入り席に着く。見る映画は最近放映されたばかりの大人気アニメ、『鬼殺の剣』。
「始まりますよ」
ヒカリはキラキラと目を輝かせながら、ウキウキとポップコーンを摘まむ。
シアター内が暗くなり、いくつかのCMを経て本編が始まった。少年漫画らしい戦闘シーンが大迫力で映し出される。戦闘シーンはもちろん、ストーリーも面白く、流石の大人気作品だ。
長めに放映時間が取られているが、映画の内容が面白すぎて、気が付けばスタッフロールが流れていた。
映画が終わり、ほとんどの人達が満足そうな顔でシアターを出ていく。
ウツロとヒカリは映画館を出ると、近くの喫茶店に入り少し遅めの昼食を取る。
「こういう作品は初めて見たのですが、とても面白かったですね」
「流石大人気作品、気合いの入り用が半端じゃなかったな」
昼食を食べながら、二人は和気藹々と映画の感想を語りあう。
昼時の賑やかな時間帯。お店が多くの客で賑わう中、二人は周りに溶け込みながらも、二人だけの限られた空間で会話を続ける。
短いようで、けれど長くも感じる時間、色鮮やかだったコップが風景を写し、カランと涼やかな音をたてた頃、二人は席を立ち店を出る。
お店を出た二人は、明確な予定をたてる事もなくブラブラと街を巡る事にした。
「きゃらめる…ふらぺ……?」
「チョコキャラメルフラペチーノホイップマシエクストラシロップチョコチップ追加を二つください」
ヒカリが飲んでみたいと言うので、やたら長い名前の飲み物をメテオバックスで買ってみたり、
「なんだか沢山ありますね!」
「どれか回してみるか」
大量のガチャガチャに、子供の如く目を輝かせるヒカリ。
よく分からないゆるキャラのガチャガチャを二人で回し、せっかくだから記念にと出た缶バッジを交換する。
その後も、適当に店に入っては買い物をしたりしなかったり、時にはクレープを齧り、時には小さなゲームセンターに入って軽く遊んでみたりと、二人は学生らしい休日を夕方まで楽しんだ。
今日を振り返り、ゆったりと語りながら帰路につく二人。
「今日は付き合っていただきありがとうございました。楽しかったです」
「楽しかったなら良いんだけど、本当にこんな事でよかったのか?」
元々は借りを返すつもりであったが、今日やった事と言えば友人と一日遊んだだけ。荷物持つをしたわけでもなく、高い料理を奢ったりしたわけでもなく、有名なテーマパークに行ったわけでもない。ごく一般的な休日の過ごし方が、果たして借りを返したことになるのだろうか?
結構大きな借りをしたと自覚しているウツロは、改めてヒカリに聞いてみる。
「えぇ、これが良いのです。このただ楽しい日々が、私には何よりの報酬なのですから」
ウツロと並んで歩いていたヒカリは、軽やかな足取りでウツロの前に躍り出る。
夕陽を背に微笑む彼女は、一枚の絵画の如く綺麗で幻想的で、触れれば壊れてしまいそうなほど儚く見えた。
「学校に通う、友人と遊ぶ、大切な人と休日に出かける。かつての私には考えられないほどの幸運が、毎日私に訪れている……」
今までのほとんどをベットの上で過ごしていたヒカリにとって、家の外は憧れよりもおとぎ話の世界に近かった。同年代が過ごしてきた青春はなく、思い出のほとんどがベッドの周りで完結している。
長く変わり映えのしない部屋はとうに色あせて見え、あまりある時間は永遠にも感じた。
時間と共に朽ちていくだけのヒカリに、この色鮮やかな外と自由な未来をくれたのは、間違いなくウツロだ。
「今日の思い出が、私にとっては何よりも価値のあるモノなのです」
大好きな人と過ごした楽しい思い出。この思いで一つで、ヒカリはどんな苦境に立たされようとも立ち上がれるだろう。
普通の人にとっては何気ない一日だったとしても、ヒカリにとってはかけがえのない宝物なのだ。
「天乃河が満足してるなら良いんだけどさ」
「もちろん、これ以上ないほどに」
今日は天乃河ヒカリにとって一番の宝物。けれど、やはりウツロからすれば借りを返せたとは思えないのも事実。
「まあでも、やっぱり借りを返しきれたとは思えないからさ、また何かあれば言ってくれ」
「何か、ですか」
「俺にできる事なら」
「では、一つだけ」
他の人なら簡単なお願いかもしれないが、ヒカリにとってはとても勇気のいるお願い。今までなら絶対に口にしなかったが、とある宣戦布告から立ち止まることを止めたヒカリは、精一杯の勇気を振り絞って口にする。
「天乃河でなく、下の名前で呼んでいただけませんか」
たった一歩だけの前進だが、ヒカリにとって大きな一歩を今踏み出す。
「そんな事で良いなら」
ウツロの返答を聞き、ヒカリは花が咲くような笑顔を浮かべる。
二人の関係が、ヒカリの勇気で一歩近づいた気がした。
「俺からも一つお願いがある」
「なんでしょう?」
「様付けはやめてくれ。流石に外だとちょっとばかし恥ずかしい」
「ふふ、ではウツロ君、と」
「改めてよろしく、ヒカリ」
お互いが遠慮して踏み込んでこなかった二人だが、何気ない一日が数歩だが関係を近づけた。今の二人は確かに友人と名乗れるだろう。
改めて帰路につく二人。軽い会話をしながら商店街に入ると、少し変わった光景が見え、ウツロが思わず足を止める。
「ん……?」
「どうしましたウツロ君?」
「あれなんだろって」
ウツロが見たのは、商店街を行き来する人々に、小学生くらいだろうか?背の小さな子供が近寄っては離れてを繰り返していた。ウツロが不思議に思ったのは、子供が色々な人に近づいても誰も反応を示さない。子供を見るどころか、いないかの様に完全に無視している。
右往左往している子供は、ウツロ達を見つけると小さな足で走り出し、二人の前に立つ。黒いゴスロリに身を包み、うっすら紫がかった黒髪に金色の瞳。日本人離れした容姿をした少女が、二人を見上げる。
「おにーさん、おねーさん、まっくろふくのヒトをしらないです?」
なんとも抽象的すぎる問いに、ウツロとヒカリは思わず向き合う。
「見た記憶あるか?」
「いいえ、記憶にある限りでは見かけてないかと?」
ヒカリは少女と視線の位置が同じになる様にしゃがみ込む。
「恐らく見てないと思いますが、一応他の特徴も教えていただけますか?」
「えっとねー、かおがこわくてー、めがとんがっててー、いっつもふきげんそうなの!」
少女の話からは、あまり好ましい人物と思える要素が一つも出てこない。
「一応聞くけど、君とその人はどういう関係なのかな?」
ウツロもヒカリと同じように少女に視線を合わせ、一応だが確認を取る。場合によってはジョンさんに連絡をする必要が出てくる。
「かげふみはね、わたしのアイボウなんだよ!ヒトリじゃシンパイだから、はやくみつけてあげないといけないの!」
「……ヒカリはどう思う?」
「悪い関係ではないと思いますよ」
少女の言葉を聞く限り、心配したような関係には思えない。ヒカリもウツロと同意見らしく、二人とも危険はないと意見は合致した。
「あの、ウツロ君」
「大丈夫、分かってる」
ヒカリが何を言おうとしているか、聞かなくても分かる。
「ねえ、私達も探すの手伝ってもいいですか?」
「いいの!?」
「もちろんです」
「やったー!!」
出会ったばかりだが、こんなに小さな子を一人にはしておけない。ヒカリとウツロは少女の人探しを手伝う事にした。
「私はヒカリ、こちらがウツロ君、よろしければ貴方のお名前を教えてくれませんか?」
「わたしのなまえはウル!よろしくねヒカリおねえちゃん!ウツロおにいちゃん!」
ウルと名乗る少女と出会い、終わりかけていた休日に新たなページが差し込まれる。まだまだ今日は終わりそうにないようだ。




