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夜に歌う君へのエール

「知ってたのか」

「自分の事ですよ?言われなくても、なんとなく分かります」


 いくら明るく話そうと、言葉に混じった感情は嘘をつけない。

 ウミカは笑いながらソファに座る。


「これから、どうするんだ」

「どうなるんですかねー」


 思わず聞いてしまったが、ウミカも答えを出せない質問だった。

 どうするも何も、彼女から出せる選択肢は多くない。


「しばらくは休業?ですかね。時間が空くから、久しぶりに高校生活でもしながら新しい趣味でも探すかも」


 久しぶりの纏まった休暇です!と笑いながら言う。


「ドームライブはどうするんだ、夢なんだろ」

「別に諦めるわけじゃないので!問題が解決したらまた頑張りますよ。あ、その時はチケット送るんで是非来てくださいね!」


 強がりだ。問題が解決するなんて保証はない。

 時間が空くからと言って、狙われているウミカが自由に行動も出来ず、学校だってまともに通えるのだろうか。


「それに、夢が叶わないのは私だけじゃないでしょ?世界には沢山の夢が叶わないままで、私の夢も沢山の内の一個になるだけです」


涙を我慢した、泣きそうな笑み。


「だから、私は大丈夫」


 彼女の涙で世界は滅びない。


 少女一人の夢が潰えた所で、この国は変わらず日常を回し続ける。世間も最初は騒ぎ立てるだろうが、いつか風化し彼女の名前すら忘れ去るかもしれない。


 これが、現実。


「……おい」

「なんです?」

「遊びに行くぞ」

「……はい?」


 お風呂入ったばかりなのにと抗議されるが一蹴し、着替えを待つ。


「着替えたけど、本当に行くんですか?」

「もちろん、後これ」

「あぅ」


 ラフな格好に着替えたウミカの頭に黒いキャップを被せる。ウミカが持っていた帽子は初日に風で飛ばされてしまったため、代わりにウツロのを使う。


「でも、また襲われるんじゃ……」

「大丈夫大丈夫、1週間近く姿を隠してたし他の所に行ってる筈。それに夜だから見つかりにくいって」


 まだ躊躇う彼女の手を掴み外に出ると、ひんやりとした夜風が肌を撫でる。

 数日ぶりの外は、雲一つない満点の星空だった。昼間であれば、さぞ綺麗な青空だったであろう。

 

「どこか行きたい所あるか?」

「まさかのノープラン?」

「生憎、この手の事には慣れてなくて」


 夜の街に繰り出したはいいものの、友人と遊びまわるような経験はしていない。今度からカードショップ以外にも通うのもありか。


「ウミカがやりたいことをしよう」

「えー、それなら……」


 ウミカの提案で、近くのコンビニに入る。

 数分後、コンビニから出たウミカの手には、熱々の湯気を立てる肉まんが一つ握られている。


「はい、どうぞ!」


 肉まんを半分に割ると、半分をウツロに渡す。

 残った肉まんを美味しそうに頬張りながら、ぶらぶらと町を歩く。


「いやー、やってみたかったんですよね!友達と食べ歩きってやつ!」

「こんなことで良いのか?」

「こんな事をやってみたかったんですー!」


 上機嫌に肉まんをまた一口食べ、ルンルンでウツロの前を歩く。偶に後ろを向いては肉まんを食べているウツロを見て、満足げに笑いまた前を向く。

 彼女の軽やかな足取りはやがてスキップになり、二人きりの探検隊は次のターゲットを見つけた。


「ゲーセン!ゲーセン行きましょう!」


 夜でもネオンライトでギラギラ光るゲームセンターに足を踏み入れた一行。

 ガヤガヤと騒がしい店内を、ウミカはキラキラした目で見渡す。最初に選ばれたのは、どこにでもある太鼓型の音ゲー。


「これやってみたかったんですよ!」

「おし、やるか」


 硬貨を入れ、流れてくる譜面を叩く。

 別にお互い上手いわけでもない。リズム感はあるけど不器用なウミカに、ゲーム慣れしているけど腕前は普通なウツロ。

 叩いて、ミスして、笑って。ただ楽しい時間が流れていく。


 この後もいくつか音ゲーを遊んだ後、他のエリアを回る。

 

「うぐぐぐぐ…!次こそは……!」

「これ本当に取れるか…?」


 ウミカが好きなキャラクターのちびぬいを取るために、二人してクレーンゲームに張り付く。あーでもないこーでもないとワイワイ騒ぎながら硬貨を次々と放り込み、2000円以上使い込んでようやく景品をゲットした。


 小さなぬいぐるみを大事そうに抱え込んだウミカと、この後もレースゲームやシューティングゲームなど色々なゲームをして遊んだ。気がつけば時計が刺す数字は深夜に近い。名残惜しいが帰る時間だ。


「地元が結構な田舎だったんで、こういうの憧れだったんですよねー。こっち来てからは仕事が忙しくて遊ぶ暇もないですし、学校も中々いけないから友達もいなくて」


 人の少なくなった道を二人で歩く。

 ぬいぐるみを抱え、ニコニコと笑う彼女は本当に楽しかった事が伺える。


「ウツロ君のおかげで、夢が一つ叶っちゃいました」

「それは良かった」


 放課後とは到底言えない時間だが、こうして友達とゲーセンで遊んだりするのは、ウミカのちょっとした夢であった。

 最後に、こんな楽しい思い出を残してくれたウツロに感謝すると、ウツロはまだ行きたい所が残っていると言ってタクシーを捕まえる。


 車で移動して20分ほど。着いた場所は歌留多町を見下ろせる展望台。山を少しだけ上った先にあるこの展望台は、時間もあってか人は誰一人おらず、ウツロとウミカの貸し切り状態。

 上から見る歌留多町は、100万ドルの夜景とはいかないが綺麗な光景だ。


「こんな所あったんですねー!」

「結構お気に入りなんだ。人も少なくて」

「これを見せたかったんですねー、確かに綺麗です」

「それもあるけど、ここでならウミカの歌を聴けるかなって」


 歌と聞いて、ウミカの表情が暗くなる。


「……ダメですよ」

「大丈夫だって、こんな所誰も来ないから」


 町から離れ、山を少し上った場所だ。別段有名なスポットでもなく、今夜はウツロとウミカ以外に用がある人間はいないだろう。


「観客一人で悪いけどさ、歌ってよ」

「……うん」


 この機会を逃せば、もう人前で歌える事はできないかもしれない。

 最後に誰かの為に歌える機会を作ってくれたウツロに感謝をして、『ナガレボシエール』は歌をうたう。


「大好きな貴方に恋のエール♪」


 ナガレボシエールの代表曲であり、初めてのシングル『恋のエール』。

 落ち込んだ人を励ましたい思いで生まれた思い出の曲を、今歌う。

 BGMもない、マイクもない、衣装もない、観客ただ一人の小さなライブは、ウミカがこれまでしてきたどのライブよりも楽しく、上手に歌えた気がした。

 ウツロも、彼女の力によって湧き上がるものを握り潰し、純粋に歌声だけに耳を傾ける。


 パチパチパチパチ。

 ウミカが歌い終えると、ウツロが大きな拍手をする。

 恐らく、ナガレボシエールとして人前で歌える最後の機会をくれたウツロに、ウミカではなくエールとして感謝の言葉を贈ろうとした時、遠くから複数の足音が聞こえてきた。

 展望台に備え付けらた街灯が、足音の正体を照らす。


「来たか」

「ウ、ウツロ君、この人達って……!?」


 集まってきたのは服装も年齢もバラバラな男達の集団 

 初対面の人を差別するわけではないが、彼らの纏う雰囲気にウミカは覚えがあった。逃走劇で何度も感じた闇の気配。向けられる視線から逃げるように、ウツロの背中に隠れる。


「ようやく見つけたぜぇ……!かくれんぼはもう終わりかぁ?」


 間違いない、追手だ。


「ど、どうしよう、私のせいだ……!」


 追手は、ウツロ達を取り囲むように移動する。

 後ろは高所、走ろうにも既に取り囲まれている。逃げ場は、無い。


「ひい、ふう、みい、13人ってところか」


 絶対絶命な場面に、ウツロは呑気に追手の数を数えている。

 全部で13人。決して少なくない数だ。だが、


「よーく見てろ」

「ウツロ君……?」


 男達が闇の結晶でウツロ達を取り囲む。

 どす黒い闇が星の光を遮り、男達が勝利を確信して下卑た笑みを浮かべている。

 敵を相手に、ウツロは迷いなくデッキを抜いた。


「薙ぎ払え、大いなる化身クトゥルガ」


 ――ウミカは見た。先を見通せない暗い暗い闇の底で、狂気を纏う異形のバケモノ達を。

 バケモノを操り敵を一人、また一人と蹂躙するウツロの姿を。

 闇の中に見えた希望は、ウミカの瞳に星の様に輝いて見えた。


 気が付けば、結界は壊れ取り囲んでいた敵は残すことなく地面に倒れ伏す。


「夜天ウミカ」

「……は、はい」

 

 全ての敵を倒し終えたウツロが振り向き、まっすぐウミカの顔を見る。


「次のドームライブ、俺がなんとかする」

「なんとかって、できるはずないです」


 できもしない希望は、今のウミカには必要ない。

 諦める決心をしたのに、無理やり蓋をした傷を開くだけだから。


「全てを解決できるわけじゃない。俺にそこまでの力はない。けど、次のライブを成功させることはできる」

「できるわけないじゃないですか!!」


 初めて、ウミカが涙を見せた。

 捨てた夢を、諦めた道をウツロが照らしてくる。捨てた筈のモノを拾えと言うウツロに、今まで我慢してきたものを全て吐き出す。


「敵は多いんです、沢山、本当に沢山の敵が私を狙っているんです……!こんな状況でライブなんてしたら、私のせいで大勢が傷つきます、もしかしたら死んじゃう人だって出るかもしれない……!!」


 ライブがしたいなんて我儘、ウミカに言えるはずがない。

 ウミカを守るために沢山も人が動いてくれている。自分のせいで傷つく人を、ウミカはこれ以上見たくない。ファンや無関係な人を巻き込むなどもっての他だ。


「だから?」

「だからって、わからないんですか!?」

「わかるもんか、見ろ!あいつらを!」


 ウツロが手を指した方向には、倒れ伏す大勢の追手。


「こんなやつら俺の敵じゃない。ウミカだって見てたろ」

「敵はもっと多いんですよ!?」

「例え100人来ようが1000人来ようが、全員薙ぎ払ってやる」


 ウツロのバトルは圧倒的だった。

 敵が付ける隙などなく、一方的に蹂躙していた。だが、例えウツロが負ける事がないとしても、やはり敵の数は圧倒的なのだ。


「でも、ウツロ君一人じゃ……」

「俺を信じろ夜天ウミカ」


 涙を零しながら、ウミカはウツロを見る。

 穏やかで自然な笑み。ウツロの表情からは嘘や強がりを感じない。


「問題を全て解決するなんてできないけど、夢の一つぐらい叶えてやる事はできる」


 古守ウツロはなんでも解決できるスーパーヒーローではないが、彼女の夢を一つぐらい叶える事はできる。


「……なんで、そこまでしようとするんですか」

「ウミカの歌を気に入ったからかな」


 ウミカの持つ力は、彼女が望んで手に入れたモノじゃない。

 求めてすらいない力に翻弄され、大好きな歌を奪われ夢も捨てるなどあってはならない。


 だって、あまりにも不公平じゃないか。

 ウミカの歌は綺麗で、誰かを元気づけられる力だ。

 ウツロと違い誰かを傷つける事はないのに、彼女は歌を無理やり奪われて、ウツロは望めば自由に力をふるえる。

 せめて、最後に夢を叶えるぐらいの奇跡はあっても良い筈だ。


「だから信じろ、ウミカ」

「本当に、歌っていいんですか……?」

「もちろん」


 この力が何故あるのかわからないし、この先も分かるとは限らない。

 あまりに巨大で、僅かにでも使うことを躊躇するほどの力だが、目の前で泣く女の子の涙を拭うくらいはしてもいいはずだ。


「――お前の夢は、誰にも邪魔させない」

「はい…、はい……!!」

 

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